2026年1月21日水曜日

牛タン

 昨日、Makoが、京都から神奈川に住むNaoのところへ勉強合宿を兼ねて様子を見に行ってくれたようだ。年末に帰省した際、Naoは「誰かが遊びに来ないと部屋を掃除しない」と言っていたので、きっと朝から頑張って掃除をしたのだろう。Makoは「部屋は綺麗だ」と言っていた。昼食は、Naoが鶏モモ肉を焼いた丼ぶりをつくって2人で食べたようだ。夕食は「Naoが頑張っていた」ということで、外食して豪華に牛タン定食を食べている様子を送ってくれた。Naoはネギ塩牛タンを頼んだようだ。きっと駅ビルに入っているお店に行ったのだろう。布団は一式しかないので、Makoはソファーで布団1枚かけて寝たようだ。


そして今日のお昼ご飯は、とんかつ屋に行こうと思っていたら休みだったのでパスタを食べに行ったという写真を送ってくれた。Naoはたらこパスタ、Makoはジェノベーゼソースのパスタを食べていた。2人で東京に遊びにでかけることもなく、Naoの勉強を見てくれたようだ。Makoは今日の夜行バスで京都に戻るということ。姉弟のこういう出来事は、のちのち結構思い出に残ったりするものだと思ったりする。

2026年1月10日土曜日

カラムーチョ

 海の見えない安価な部屋だったので、朝の時間が分からずに8時近くまで寝ていた。朝食を食べようと、昨夜スーパーで購入したサラダパックを開けるが、相方が「ドレッシングが入ってない」ことを発見。割りばしなどをもらうことも忘れていた。割りばしはフェリーのカップ麺自販機のところに置いてあるので対応できたが、ドレッシングをどうするか、とりあえず売店へ向かう。さすがにサラダのドレッシングなどを置いているはずもなく、相方が「カラムーチョを砕くか、オニオンスープの粉を振りかけるか」を提案してきたので、カラムーチョ作戦でサラダを乗り切る。


日本海は次第に荒れて2~3メートルの波となる、という情報だったが、なんとか大荒れになる前に津軽海峡を通過して太平洋へ。予定より30分ほど早くに苫小牧港へ到着した。時季外れの雨の中、家にもどる田舎道はつるつるで、慎重に運転して無事に帰宅。家の前にはこんもりと除雪の山ができていたので、除雪機を作動。急遽2日切り上げての引っ越しとなったが、引越し自体は無事に終えることができたので冬休みの任務は無事終了である。Makoの新生活が穏やかに過ごせることを祈るのみだ。

2026年1月9日金曜日

欠航

 昨日、リサイクルショップで購入した5合炊きの安い炊飯器でご飯を炊いてみる。お米は北海道の方が安いので5キロの袋を車に積んできた。Makoは炊き立てのお米で朝食。購入したベットを組み立てている間、大家のおじいさんがやってきた。那須だかどこだかの保養地に住んでいるらしいが、脳梗塞になったなどの話を相方が聞いていた。風呂場などの電球は交換で、玄関の埋め込みライトは電気屋さんに交換してもらうことになった。Makoは通信業者と電話でやりとりし、ルーターをリセットしてようやくWIFIも開通した。


昨日購入した冷蔵庫が冷えないことが判明したので、昨日苦労して2階まで運んだ冷蔵庫を再度降ろして車に積み込み、10時にリサイクルショップへ。返品と違うものを購入し直す。


区役所に行って転入手続きと韓国移住で失効したマイナンバーカードを新規作成。予想以上にスイスイと手続きが進む。そんなときにメールが入り、明後日出航のフェリー便が欠航となる。3日に1便しか運航しないので、先に延ばすこともできたが相方が仕事があると言い張るので、仕方なしに本日便を予約し直す羽目に。しかも舞鶴港出航便は車の定員オーバーで予約できず、敦賀港出航便となる。

気を取り直して昼食予定の中華料理店へ。Makoが以前勤めていた中華料理店から独立した料理人がオーナーで、ランチ客で繁盛しているようだった。Makoは豚肉と豆腐のピリ辛炒めのランチ、自身はクリーミーなエビマヨ定食、相方は酸辣湯麺を注文。いずれも本格的な味付けで、美味しくいただく。サービスで出していただいたジャスミンティーも美味しかった。


アパートへ戻り、冷蔵庫が冷えていることを確認して一安心。スーパーへ買い出しに出かけ、Makoは昨日から迷っていたスリッパを購入。夕食は鴨川沿いの京料理店を予約していたが、キャンセルしたので、近所の串揚げ店へ歩いて出かける。串揚げセットもキャベツも美味しく、リーズナブルな価格もあって、店内は賑わっていた。Makoはお茶漬けと鶏ささみが美味しかったようだ。引っ越しもひと段落したので、18時にMakoとしばしのお別れ。敦賀までは2時間ほどだが、着くころにはスーパーでの買い出しができない時間なので、途中の滋賀でスーパーを見つけて、フェリーでの食料品を調達。地物の漬物をお土産として大量購入し、地元のお菓子を探すなどしていたら、閉店のホタルの光が流れていた。


敦賀で危うく高速道路に進入するというミスを犯すが、インターフォンで係員を呼び出してなんとか対処。無事にフェリー港へ到着。お風呂へ入り、酔い止めと船酔いに効くと信じ込ませたレモンタブレットで船酔いに備えて就寝。

2026年1月8日木曜日

荷下ろし

 ホテルの朝食バイキングへ。朝食付きのビジネスホテルの中でも、かなりメニューの多彩な朝食だった。ただ、時間が遅かったために品切れのメニューも何品かあった。Makoは鮭と納豆とご飯の和食メニュー。自身はヨーグルトを山盛り食べて体調を整えた。隣の席のビジネスマンは、お皿に残ったパン4つをこっそりと包んで持ち帰っていたのが好感が持てた。


8時にホテルを出発、京都市内の100円ショップで軍手やハサミ両面テープを購入し、10時過ぎには不動産屋に到着し鍵を受け取って新居へ。1階に洋菓子店が入っている建物で、すぐ前の細い道に車を停めるが、バスも通るという道だったので、かなり寄せて荷物を降ろす。1階の洋菓子店が定休日だったので助かった。洋菓子店のオーナーがパイ生地にクリームが包まれたコロネ風のお菓子を差し入れてくれた。


荷物を部屋に詰め込み、荷物をほどく。食器棚などを組み立て、あっという間に14時を過ぎ、ガスがまだ開通していなかったので、電子レンジでお湯をつくってカップ麺で昼食。ガス屋が来てガスが開通したが、玄関の部分でガス漏れをしていたということで工事も行われていた。玄関とお風呂など3か所の電球が切れていたので、大家に連絡する。


あらかた荷物が収まり、夕方前に駅裏のIKEAへ。カーテンを購入しようと行ったのだが、本格的なIKEAではなかったので、品ぞろえがなく、結局近くのニトリへ移動。大型サイズの窓で、既存のカーテンでは対応できないことが判明し、安価に収めるためにカーテンレールにつけられるロールカーテン方式へ。パイプベッドやお風呂椅子など日用品も買いそろえる。近くの電気屋でWIFIルーターと家に忘れてきたということでドライヤーも買う。アパート近くのリサイクルショップで冷蔵庫を選び、なんとか車に積み込む。最後に、近所のスーパーで夕食のお惣菜や食料品や調味料を買って、怒涛の一日は終了。家に戻り、ビールで乾杯。Makoはパックご飯を温め、カップ麺とサラダチキンという一人暮らしのスタメンでお腹を満たしていた。


Makoの新居は、布団を3枚敷いても十分に余裕がある12畳ほどの広さで、頑張ればあと1~2人寝られる。バイト先である中華料理店は目と鼻の先。1年前に住んでいた場所から数百メートル駅よりなので、買い物やバス亭なども近く、なにかと便利となったようだ。

2026年1月7日水曜日

舞鶴

 ほぼ終日フェリーで過ごす。朝ぶろから戻り、8時過ぎにMakoを起こして朝食。Makoはカップ麺を食べてすぐに寝て、昼食を食べてまた寝て、とほぼ終日寝て過ごしていた。相方はトレーニングルームで10分走ってきたと言っていたが、真意は不明である。


スクリーンルームでは、プロジェクションマッピングによる海や空の映像と音楽が心地よく、ヨギボーのビーズクッションに寝転がっていると、あっという間に眠ってしまう。13時からトランスフォーマーの映画を上演していたが、ほぼ熟睡しながら鑑賞していた。酔い止めを飲んでいたこともあり、それなりに揺れても3人とも酔うことなく元気にフェリー旅を過ごす。


予定より遅れるとの情報だったが、ほぼ予定どおりの21時30分に舞鶴港に到着。市内のスーパーホテルに宿泊だったので、第3駐車場に駐車してホテルへ。2段ベットの3人部屋でMakoが上のベットへ。天然温泉のお風呂に入って就寝。


2026年1月6日火曜日

荷積み

 Makoは胃腸炎からようやく回復し、普通に食事ができるようになってきた。朝食後に、Makoの荷物の封を閉じて、荷積みを開始する。まずは別宅時に使用していた洗濯機を積み込む。これが最も大きな荷物である。実家からもらってきたオーブンレンジもかなりの重量だ。ルーフキャリアには小さなタンスと布団を乗せる。布団は今回Makoの新居に寝泊まりするため3人分用意したので、かなりの重量となり、ルーフキャリアに乗せるのにかなり苦労したがなんとか乗せることができた。あとは折り畳み自転車を乗せる。段ボール類も余裕を持って載せることができた。14時には作業終了。


17時に自宅を出発。荷積み時は天候は良かったが、雪道で道路は凸凹。車はかなりの重量なので、慎重にフェリー港まで向かう。フェリーでの食料を買い忘れていたので、途中スーパーに寄って、おにぎりやカップ麺など3食分の食料や飲み物を調達する。


19時過ぎに小樽フェリー港近くに到着し、ヴィクトリアで夕食。ドリンクバーがあるので、22時近くまで粘る予定で店を選択。Makoはチキンとハンバーグと牛ステーキの3点盛りをセレクトしていた。胃腸炎からすっかり回復してなによりである。


少し道に迷いながらもフェリー港まで到着。今回乗船する「けやき」は竣工したての新船で、豪華な4人部屋を予約したが、トイレや洗面、シャワー室も完備されていた。お風呂に入り、Makoはソファーベットで就寝。

2026年1月3日土曜日

胃腸炎

 昨日、ショッピングセンターの初売りに繰り出し、シニアグラスという名の老眼鏡をつくり、フードコートで昼食をとり自宅に戻る。


そして今日はNaoの帰宅の日で、みんなで空港に行く予定だったが、昨夜からMakoが体調を崩し、Makoを置いて早朝から空港へ。キャンセル待ちの席はなく、高い当日券を買って戻っていったが、教訓として生かさせるということは全く期待できない。


Makoは病院へ行って胃腸炎と診断された。食あたりなら、昨日のフードコートで食べた海鮮ビビンバが怪しかったが、相変わらず胃腸炎に弱いMakoだった。

2026年1月1日木曜日

2026年

 朝5時に目が覚めても、布団の中で時間を潰し、7時になって居間で寝ていた相方を起こす。おせち料理をお重に並べ、お雑煮で新年を迎える。昨夜からの雪でかなりの積雪があり、Naoは除雪に駆り出される。お稲荷さんの昼食後、都心部の実家に向かうために車を走らせるが、高速道路が止まるほどの吹雪となり、下道もハザードを点けた車がホワイトアウトに立ち向かっていた。


途中、月形温泉へ立ち寄る。一昨年に道の駅となった施設が併設されており、温泉もサウナも心地よいものだった。さすがの天気と元旦の影響で、温泉はガラガラで過ごしやすかった。


実家に到着すると、稚内からの妹家族も同時に到着。2年ぶりに会う甥っ子と姪っ子の成長ぶりに衝撃を受ける。夕食はすき焼きである。昨年は年末年始とすき焼きの梯子となったので、今年はそれとなくメニューが被らないよう調整をはかっていた。ちなみにすき焼きの肉の量を聞かれて、「一人100~200グラム」と返答していたが、10人で1500グラムの肉が用意されており、白老の牛肉が美味しかった。


落ち着いた、平和な年になることを祈る。