2025年12月31日水曜日

大晦日

 昼食を済ませてから、年越しのために相方の実家へ向かう。途中、雪が降り出し、北へ行くにつれて積雪も増えていた。自宅周辺がいかに積雪が少ないかが実感できた。おばあちゃんの家に着くと、すでに従姉弟たちも来ていて賑やかだった。夕食前に、町内の温泉施設へ。サウナで汗を流し、Naoと一緒に水風呂にも入る。水風呂の入り方も、ようやくわかってきたような。


夕食前に宝引きで盛り上がり、チビたちはそれぞれ小銭を稼いで喜んでいた。タラ鍋と茶碗蒸し、唐揚げなどのご馳走をいただき、久々にたくさんお酒を飲んで、紅白を見て、お蕎麦もいただいて、今年も温かな年越しを迎えることができた。


一方、世界で広がっていた排外的ポピュリズムの波に飲まれた2025年。ニュースを見るのをためらう日々。健全な民主主義、政治的リテラシーの育成に向けて、教育の力を信じ切れるか、長い戦いがスタートする。そんな年だった。

2025年12月30日火曜日

大掃除

 いよいよ年末。今年は雪が少ない、というより積雪はほとんどない。いよいよ地球が怪しくなってきているのだろう。スキー場のオープンはもとより、これだけ気温が高いと、雪が降ったとしてもパウダースノーも望めない。


朝食後、薪ストーブに火を入れて部屋全体を温めてから、窓を全開にしてまずは天井のすす払いから大掃除がスタート。壁の埃も払い、チビたちも棚を拭いたり、玄関を磨いたりとしっかりと働いた。キッチンや換気扇も掃除したが、油物の料理が減ったせいで、換気扇はいつもより汚れが減っていた。昼前にNaoに昼食の買い出しに行かせる。カップ麺やチキン、納豆巻き、マカロニサラダなどを買ってきた。「あんたの好きなものばっかりだ」とMakoに言われる。


午後からは、コンロ下の油漏れを掃除。電磁調理器の熱で温められた油汚れが、いつも引き出しの下を汚していたので、それを根本解決しようと試みるが、電磁調理器をばらさないとだめそうだったので、あきらめて油受けを設置。24時間換気の換気扇も掃除して、今年の大掃除は終了。


夕方、Naoの運転でスーパーに買い出しに出かけ、夕食の生春巻きの材料を買う。

2025年12月29日月曜日

ハムづくり

 年末年始に向けて、今日は料理作り。朝食後、買っておいた豚肉3種類をフライパンで炙る。昨日から仕込んでおいた鶏むね肉は、70度のお湯で一時間茹でる。豚ばら肉はお湯で茹でてから、味付けのたれで煮込み、豚もも、ロースは圧力鍋でやわらかくしてから、味付けの紅茶たれで煮込む。それらを一晩寝かせて完成だが、味見はしていないのでうまくできたかは不明である。


いただいた高級昆布で昆布巻きをつくってみる。ニシンの切れ込みなどを巻いてかんぴょうで縛る。既製品のように昆布がクッタリするまで煮込もうと時間をかけるが、昆布の種類のせいなのか、なかなか昆布はやわらかくならずに、かなりの時間と労力と電力を消費する。相方は黒豆を煮るが、甘みが足らなかったらしく、再度煮汁を甘くして煮詰め、味を付け直していた。


夕食は、Makoがお友達と出かけて不在だったため、Naoのリクエストだった鰻を食べる。冷凍庫に寝かしていたものを焼き直し、白菜と豚肉のミルフィーユもつくって食べる。

2025年12月27日土曜日

帰省

 Naoが夏休み以来に帰省する。1か月ほど前に、相方が飛行機を予約するように言ったのにも関わらず、それを怠りキャンセル待ちサービスにて朝から空港で待ち、20時過ぎ着の飛行機に乗るので迎えに来るようにとの連絡だった。まったくだ。


夕方、年末に食べるカニを買い、無印良品で時間を潰し、空港近くの回転寿司屋で夕食。人気店で30分待ちだったが、時間はたっぷりとある。その間、機材繰りで出発が遅れるとの連絡が数回入り、20時45分閉店の回転寿司屋を後にする。22時過ぎになるとのことだったので、今度はファミレスのドリンクバーで時間を潰す。最終的に22時過ぎに到着し、荷物をピックアップして出てきたのは22時半を過ぎていた。「どうせ疲れて不機嫌になってるから、誰がNaoを一番笑顔にさせられるか」を競い、結局お母さんが優勢だった。



2025年12月24日水曜日

イブ

 車の定期点検とリコール修理のために、朝早くに家をでる。むろん車中、Makoは爆睡だ。代車を借りて、まずは大型倉庫店でパエリアの材料を探すが、めぼしいものは見つからず。午前中の早い時間だったので、まだ店内は空いていたが、チキンを買うためにこのあとは大混雑なのだろう。その後、Makoの服をリサイクルショップに持ち込み、ロピアでパエリア材料その2「えび」を買う。ビッグハウスへ行き、パエリア材料その3「あさり」を買う。すみれでラーメンを堪能したあと、フードDへ行き、パエリア材料その4「イカ」を買う。パエリアをつくるのも大変である。ちなみにMakoの服は15点ほど売って290円也。


クリスマス・イブのディナーは、ローストチキン、パエリア、クラムチャウダー、&手造りケーキ。14時頃から取りかかり、17時にはなんとか完成した。雨の降る天気だったので、ローストチキンをつくるためにつけた薪ストーブは暖かすぎた。スパークリングワインで乾杯した。

2025年12月23日火曜日

住民票

 留学中、韓国の友達に「千と千尋の神隠し」を見ていたいことを驚愕されたMako。午前中はまずは「千と千尋の神隠し」のDVD鑑賞。愛知のジブリパークに行くために、残すジブリ作品はあと数作である。その後、ソファーでお昼寝したいたMakoを起こして、町内の豚丼のお店へランチへ向かう。自動車保険の家族限定の範囲を無事変更したので、Makoによる数カ月ぶりのドライブで向かう。人通りも車通りもほぼないので、ゆっくりと向かえばなんとかなる。Makoはミックス豚丼をもりっと食べる。


その後は役場で諸手続き。まずは住民票を取り戻す。留学時に住民票を移していたわけではないが、7月に行われた参議院選挙の際に、住民票を留学先に移して「在外投票」を試みるも、手続きに取り掛かるのが遅すぎて結局選挙できなかったが、住民票は韓国に残ったままだった。まずはそれを移し、直後に転出届を出す。転出届はマイナンバーカードでもできるが、海外に転出した影響で、Makoの所持していたマイナンバーカードは無効となっており、また新しいものを作成しなければならない羽目に。しかも現在は保険証との紐づけもしなければならないので、早期に作成が必要だ。また、留学中に国民年金の支払いをしていないため、その再開手続きも行う。払っていなかった10カ月分は、支給時にわずかに減額されるとのことだったが、「60歳になってから、10カ月分を追加で払えば満額支給される」との説明。役場をでた後、Makoが「60歳になったときに、そのことを覚えていたら奇跡だね」と言っていた。


スーパーで夕食の買い物。今晩はMakoの食べたいものリストから、豚汁や炊き込みご飯となり、イカと大根の煮物もつくった。夕食後、古典ジブリである「風の谷のナウシカ」を鑑賞。やはり名作である。

2025年12月22日月曜日

帰国

 Makoが10カ月の韓国留学から帰国するので、新千歳空港まで迎えに行く。1時間年休をとり、下道で職場から1時間。16時半頃に空港に到着し、姉のところへ贈るお歳暮の品を探す。いつもは北海道銘菓のお菓子などを選んでいるが、今年はクリスマス前だったので、限定販売のシュトーレンをセレクトし、クリスマスイブに間に合うよう、郵送の手続きなどなんだかんだで時間が過ぎる。Makoの飛行機が無事に到着したようなので、国際線ターミナルへ向かう。


Makoから、「荷物を取ってからそっちに行くね」と連絡が入ったので、到着ロビーで待つこと15分程、入国手続きや検疫検査もあっという間で、Makoが出口から現れた。夏休みに韓国に遊びに行った以来の再会だ。ちなみにMakoは10カ月の留学期間中、アイドルのコンサートのために2回帰国しており、つい先月も帰国したばかりだった。


事前にMakoから食べたいものリストを送ってもらっていたので、そのなかから今晩の夕食は「ホルモン」となった。隣町のホルモン店に寄ってホルモンやサガリ、タン下などを購入、コンビニに寄ってMakoは食べたいお菓子やお酒を選ぶ。


Makoはいろいろとお土産を買ってきてくれており、Naoには赤いパーカーを買っていた。自身には「Korea Army」とロゴの入った黒いTシャツを買っていた。なかなかの品である。ビールで乾杯し、無事に留学を終えたMakoをねぎらいながら鍋を囲んだ。

2025年12月21日日曜日

年末

 12月に入り大雪が降ったと思ったら、一転雨というちぐはぐな天気が続き、気持ちがざわざわしてしまう。先週末は年末の買い物にと、クリスマス用の大きなチキンや角煮用のお肉を買ってきた。立派な昆布をいただいたので、昆布巻きにも初挑戦してみたいと検討している。


今週末は職場の忘年会があったので、実家に一泊したあと、土曜日は両親の靴の買い物に付き合った。アメリカのスケッチャーズ(SKECHERS)が、今年4月にアウトレット店をオープンさせ、積極的な販売を続けている。中高年層をターゲットとしているようで、店内にはシルバー層が多くみられた。アウトレット店だが、お買い得な値段設定ではなかった。人気蕎麦店で昼食をとる。


日曜日。朝から雨が降ったり、それがみぞれに変わったり。昼から農産物直売所へ行って、特売の漬物を買う。漬物をつけてみたいとも思うが、きっと買う方が美味しいのだろう。スーパーに寄って、夕食の食材や、Makoが明日帰国するので、お菓子のストックを買っておく。

2025年11月9日日曜日

剪定

 日曜日。午前中だけは日が差すという予報だったので、物置の片づけを行ってから、ブドウの木の剪定にとりかかる。この数年、特に剪定をしなくてもブドウは実をつけているのだが、さすがに縦横無尽に枝が伸びてきており、収拾がつかなくなっている。相方と、残す枝にテープでしるしをつけながらバッサバッサと剪定をし、切った枝を切り分けて縛っていく。きっと、数年は実をつけないかもしれないが、それはそれで気長に楽しみながらブドウと過ごしていくしかない。


その後は、手斧の柄の部分を桜の木で作り直す作業を続ける。必要に迫られているわけではないので、完全に趣味の時間。薪棚からとりわけ固そうで頑丈そうな桜の木をみつくろい、チェーンソーやマルチツールで形を整え、ひたすら研磨。あらかた仕上がったところで、相方から「お昼ご飯を食べに行くよ」と声がかかる。町内のラーメン店に行って、キムチラーメンを食べる。11月から町内では、商店街で使える地域電子マネーの運用がスタートし、町民一人あたり2000円分のポイントが付与されたので、さっそくそれを使おうと出かけたが、そのラーメン店は対象外の店舗だった。


午後からは予報通りに雨が降り出す。来週は雪に変わりそうだ。

2025年11月3日月曜日

シュウマイ

 11月最初の3連休。初雪も降り、早朝は霜が降りることも多くなってきた。昨日金曜、仕事の休みをとって、実家の古くなった食洗器の交換を行ってきた。土曜日は全道的に荒天で、暴風雨が吹き荒れ、公園の落ち葉が宙を舞っていた。おとなしく終日テレビの前に座って過ごす。


日曜、朝方は雨が降っていたが、次第に雨が上がってきたので、その隙をみてウッドデッキの根太の補修。既存の根太は経年劣化による腐食で木材が弱ってきており、床材を踏み込むとふわふわとした感触になってきた。既存の根太の間に2×4材を入れて補強を行うが、そもそも根太を支える大引きの木材も弱ってきており、あと10年持つかどうかという感じだ。5年前のコロナ禍に、給付金を家族分つぎ込み一度補修工事を行っている。木材のウッドデッキだと、いつかは建て替えしなければならない運命だが、柱や大引きなど荷重を支える重要な部分は鋼材を使うなどを考えていく必要がある。ウッドデッキのシートもかけて、防雪ネットもとりつける。


午後にサッカーのテレビ観戦。Naoが高校時代のサッカー部友達と千葉にアウェー参戦していたようだが、完全に力負け。夕食はテレビのシュウマイ特集に影響を受け、相方が豚肉とエビの2種の手作りシュウマイにチャレンジ。いずれもジューシーで、手作りに勝るものはないと実感。


月曜の文化の日。久々の陽気。近所の子どもたちも外で元気に遊んでいる。午前中は除雪機のメンテナンス。昨シーズンはそれほど出番は多くなかったが、新規購入して3シーズン目に突入するにあたり、はじめてエンジンオイルの交換を行う。古いオイルは真っ黒に濁っていた。バッテリーの充電と、シューター(排雪部)の塗装なども行う。相方と車2台分のタイヤ交換も実施。夕方、日が落ちるとぐっと冷え込んできた。薪ストーブの上でつくった焼き芋も美味しい季節でもある。

2025年10月26日日曜日

紅葉狩り

昨日、雪が降る前の庭作業を終わらせることができた。ウッドデッキのシート敷きと、カーポートなどの防雪ネット張り、車のタイヤ交換、除雪機の整備などが残っているが、それは11月の3連休などでなんとかなるはずだ。


今日はゆっくりしようと、紅葉狩りにでかけることにする。夕張の滝の下公園が見ごろということで、出かけることに。開店直後のスーパーに寄って、秋の味覚弁当を選ぶ。自身はおこわやお赤飯などのセット、相方はお赤飯が入った助六。餡子系のデザート、お茶、お菓子も忘れずに購入。車で30分ほど移動すると、高度もあがり、気温もぐっと下がる。公園の駐車場にはそれなりの紅葉客で賑わっていた。


「滝を見られるところまで散策しよう」と公園内に入っていったが、最初のつり橋を渡り切ったところで、行き止まりの看板。周遊を断念し橋を戻って、2本目のつり橋の入り口まで来たが、こちらはつり橋への侵入も許されずに、こちらも立ち入り禁止に。9年前、帯広帰りに、カレーを持参してお花見をした際は、まだ2本のつり橋も渡ることができ、公園内を周遊することが可能だったが、財政難で整備の予算がかけられないのか。それでも公園内の芝や木々は管理されており、渓谷と綺麗な紅葉を堪能することができた。


お昼後にはまだまだ早かったので、由仁ガーデンに移動。こちらは紅葉したコキアの見ごろを迎えており、一人1000円の入園料をかけるほど、真っ赤に彩られた見事なコキア庭園を散策することができた。休憩スペースもあり、スーパーで買ってきた秋の味覚弁当も食べることできた。併設のカフェテリアで由栗いもソフトを食べ、本日のゆっくり紅葉狩りツアーを終えた。

2025年10月25日土曜日

ウィキッド

雪虫が飛び交い、秋から冬への季節の移り変わりの時期。Makoも昨日、韓国で21歳を迎えた。テストと片頭痛に悩まされながらも、残り少ない韓国での生活を、満喫しているようだ。


土曜日は、雪が降る前の一番の宿題である薪の片づけ。2週間かけてなんとかあともう少しのところまでたどり着いたが、残りは玉割りした太い薪木や節があるものが5~6個残っている。先週、4キロのハンマーと鉄の楔を購入したので作業はかなりはかどったが、重宝していた斧が破損してしまったので、まずはその修理から。


アーク溶接機を準備し、破損した鉄の部分を溶接する。普通のDIYではなかなか溶接の機会は訪れないので、いつも説明書を読むところから始めなければならない。溶接するのには、溶接面をつけたり、皮手袋に厚手の服を着なければならないので、今の季節は最適である。バチバチ溶接して、グラインダーで研磨。木の柄が取れやすいので、ボルトで接続できるよう斧の部分に鉄のフレームも一緒に溶接して、安斧をバージョンアップさせてから、薪の始末に取り掛かる。半分まで終わったところでお昼過ぎのサイレンが鳴り響き、ランチタイムブレイク。


お昼ごはんは、近所の農家直売店で購入したお弁当。先週は、お弁当を買おうと昼過ぎに出かけたら、すでに売り切れだったので、今回は早くに行ったのに、カレーとペッパーランチという秋の味覚のイメージからはかけ離れたお弁当しか残っていなかった。一緒に購入した鶏のから揚げは美味しかった。


お昼からも作業は続き、なんとか薪の片づけはすべて終了。同時進行で、相方は庭木の剪定と冬囲い。14年前に植えたコニファーも、 冬囲いの必要がないほど大きく育っているが、除雪車が寄せる硬い雪や、ウッドデッキから落とした雪で枝が折れてしまうことがあるので、下の部分だけはネットで巻く必要がある。


夕食後、ウィキッドを映画鑑賞。9年前に劇団四季でミュージカル鑑賞しており、その当時もかなり感銘を受けたが、その内容は外国人排斥や差別、権力者のプロパガンダ、フェイクニュースによる大衆扇動など、現代の社会が抱える問題と重なるもので、寒々しい気持ちを抱えながら観ていた。映画は前後編の構成となっており、後編は来年の3月に公開されるようだ。

2025年10月13日月曜日

薪割り

 大量にもらってきた薪木が、ウッドデッキの下に積まれている。スポーツの日なので、なんとか身体を動かして、まずはチェーンソーで玉切り作業を行う。チェーンソーの刃を目立てしたばかりなので、馬力の弱い電気チェーンソーでも、時間をかければ大木も切ることができた。お昼過ぎまでかけて、なんとかすべての薪木を玉切りすることができたので、相方と斧で薪割りを始めたところで、体力が尽きる。


昼食のお弁当を買いに、野菜の直売店にむかうが、残念ながらお目当ての弁当は完売。仕方なくスーパーで買ったお弁当で昼食とする。薪木と一緒に、生の栗もたくさんいただいたので、今晩の夕食に栗ご飯を作ろうと、もち米も購入する。夕方、茹でた栗を一個ずつ包丁でむく作業を行ったが、改めて秋の味覚にたどり着くための苦労を感じ、もっちもちの栗ご飯を噛みしめていただく。


このまま年を重ねていけば、いつかは斧で薪割りをすることもできなくなる。現在の生活を持続していくことと、年相応の暮らしをしていくことのバランスの必要性を感じる一日となった。

2025年10月12日日曜日

国宝

実家に泊まって、午前中は買い物などに付き合った後、午後からは久々の映画鑑賞。話題の「国宝」を観に行く。公開されてから4カ月余りたったので、そろそろ上映が終了されるのかと思って足を運んだのだが、3連休とういこともあり、席はあらかた埋まっていた。昼食は施設内の蕎麦店で、太麺と細麺の合い盛りを注文し、かしわのつけ汁を追加。カウンター隣に座ったインバウンド客は、追加のつけ汁はもちろん、それぞれに天ぷらも追加しており、ランチ格差が露呈してしまった。映画の半券でドリングバーも無料ということだったが、これから3時間弱の映画に備えて、水分の取りすぎは注意である。


主演の吉沢亮と横浜流星の迫力ある演技力が光る作品であり、臨場感ある音響によって歌舞伎の世界へ引き込まれた。歌舞伎は一度しか生で見たことはないが、その魅力にも引き込まれた。


映画館をでると、辺りはすっかりと日が暮れていた。帰り道、回転寿司屋によって夕食とする。BTSとLINE FRIENDSの「BT21」と、すし店のタイアップキャンペーンを開催していて、お寿司5皿を食べると、景品が当たるチャンス、ということで、頑張って15皿を食べて3回チャレンジしたが、景品は1回しか当たらず。相方は「パンガシウス」という、聞いたことのないにぎりを注文。白身の魚で、美味しかった。調べると、東南アジア原産のナマズの一種で、ベトナムでは国民的な食材として大規模な養殖が行われているようだ。ネーミングのセンスが問われるところである。

2025年10月11日土曜日

薪運び

 10月の3連休初日、古い薪の処分に声をかけてもらったので、ワンボックスカーにブルーシートで養生をして、隣町に出かける。畑に囲まれた400坪の土地に、割られた薪が積まれていた。教員を退職されて7~8年、いろいろなところに声をかけて薪を集めているようで、石油ストーブとのハイブリットで冬を過ごしているとのこと。組合の仕事をしているときに、何度かお見掛けしたことがある方だった。


4年物の針葉樹で、雨ざらしのためグズグズになってる部分もあったが、50センチを超える立派な幹のものもあり、車で2往復して薪木を運ぶ。秋も深まり、朝も霜が降りて冷え込むようになってきたが、外で作業をしていても心地よい。ウッドデッキの下は、薪木の山となった。

2025年10月5日日曜日

誕生日飯

 Nao、10代最後の誕生日。ひとりで迎える誕生日をどう過ごしているのかが気になっていたが、夜にNaoがlineで一枚の写真を送ってきた。写真には、家のテーブルに並べられた、手作りのローストビーフ丼、お惣菜のマカロニサラダと合鴨ロース、それと焼きプリンが並べられていた。どれもNaoの好物である。


Makoは「ぼっちめしはかわいそう」と、ビデオ通話で誕生日飯に付き合ってくれていた。誕生日に髪の毛も切ったらしく、中学生のころのようなソフトモヒカンにしたようだった。Makoの優しさが光る誕生日だった。

2025年9月3日水曜日

夏休み

Naoが夏休みを終えて神奈川へ戻っていった。8月5日に帰省し、およそ一カ月。韓国旅行へ行き、法事のために温泉へ泊り、と忙しく過ごした。


また、先週は高校時の友達が2人が家に泊まりに来て、夜遅くまでゲームをしたり、動画を観たり、翌日は映画を観に行ったりしていた。ホラー映画を見て、帰りの夜道にビビったそうだ。また、サッカー部の友達とも焼き肉を食べに行ったりと、それなりな夏休みを過ごしていた。 


昨日は仕事を午前中で切り上げ、2人で町内に新規オープンした豚丼の店へ行き、Naoは豚バラとロースのミックス豚丼をもりもり食べていた。スーパーへ寄った際、「何か買いたいものある?」と聞くと、歯ブラシ一本と乾麺のうどんを買っていた。スーツケースにそれらと米5キロを詰め込み、相方が新千歳空港まで送る。昼食はステーキ丼、夕食は海鮮弁当を買ってもらったようだ。別れ際「なんか、ずっと居たから寂しいな」と言って、飛行機に向かっていったそうだ。

2025年8月31日日曜日

アミーゴ

 ホテルでの朝食が秀逸であった。ビュッフェ形式で、新鮮なサラダ、甘いミニトマト、ミックス豆やドレッシングも素晴らしかった。ヨーグルトにはフルーツソースやベリーも。そして特産品のソフト大福もついていた。


朝食後、車で街中を走って時間を過ごす。まずは道立公園へ。水遊びをしたり、屋内遊具で遊んだり、デイキャンプなども楽しんだり。無料の素晴らしい施設で遊んだことや、チビたちのお別れ会を開いてもらったことが懐かしい。Makoはカーリングも習ったりしていた。チビたちの通っていた保育所は更地になって跡形もなかったが、学童保育園は現役だった。公園や神社、店舗、図書館などを巡り、記憶を思い起こす。どれも素敵な思い出である。振り返ってみると、子育てするのには素晴らしい環境だったと思うが、当時は必死だったので、そのありがたみを感じることは少なかった。


昼の時間帯をめがけて、隣町へ移動。第30回幌加内町新そば祭りへ。残念ながらこのお祭りは、人手不足やマンネリ化などにより、今年でファイナルを迎えることになるようだ。Naoが生まれた後、18年前の2007年にこのそば祭りへ参加している。その頃と比べても、規模もイベント内容も格段に大きくなっているようだ。駐車場も車でいっぱい、イベント会場も人で溢れかえっていた。さっそくイベント会場のステージ前に、持参したキャンプチェアーを設置して場所を確保し、お蕎麦を買う列に並ぶ。結局30分ほど並んで、とろろそばを購入。その他、焼き鳥やイワナの塩焼き、タコ焼きやエビのから揚げなどを購入して、イベントを眺めながらの昼食。


まずは途中からの「スコップ三味線ライブステージ」。津軽からの参戦で、みんな楽し気である。次は「桜庭 和 ライブステージ」。江別出身ということで名前は聞いたことがある。ジンギスカンのタレのCMソングなど聞き覚えがあった。次は「児玉 梨奈 ライブステージ」。高い声が楽器のようだ。次は津軽三味線の「Niya(忍弥)ライブステージ」。羽幌町焼尻島出身ということで、親近感がわく。津軽三味線で日本一になったこともあるという。クラブやライブハウスでも演奏活動をしているようで、伝統芸能の域を超えた新しい挑戦と、途中のMCもよかった。次は「上杉 周大 ライブステージ」。北海道のローカルタレントとしても有名で、ソウルミュージックを熱く熱唱していた。そしてメインイベントは、「鈴木 亜美 ライブステージ」。昨日の士別の舞台鑑賞から、当初は日帰りの予定だったが、このライブステージをどうしても見たいがために、一泊したのだ。


1998年にテレビの企画で歌手デビューし、小室ファミリーの一員として大活躍したアミーゴ。当時はCDも購入したりと好んで聞いていた。あれから30年弱経過し、アミーゴも43歳。「まぁ、年相応の」と思っていたが、登場したアミーゴは期待を大きく上回るオーラと、中田ヤスタカプロデュースのテクノサウンドに鳥肌。たまにバラエティ番組に出演したりしていたが、やはりアーティストとしての格は、先に登場したどさんこシンガーソングライター達とはレベルが違った。本物の最上級の音楽を堪能し、アミーゴロスが大きいが、大きなエネルギーが蓄積された感じである。

2025年8月30日土曜日

ノスタルジア

 市民参加劇「芝居で遊びましょ♪」に、相方の元同僚が出演するということで、10時頃に車で出発、士別に向かう。軽自動車での高速道路初走行となったが、加速時のエンジン音などは、必死のフル回転だが、車体は思った以上に安定しており、不安なく走ることができた。


昼の時間帯に絵本の里 けんぶちの道の駅に到着し、昼食。ここのレストランは入れ替わりが激しいが、カレー専門店になっていた。 チキンマサラとエビココナッツの2種のカレーを注文。本格のスパイスカレーで、美味しく食べる。テーブルには焙煎された「キヌア」が置いてあり、その説明書きを読む。キヌアは、ペルーなどの南米アンデス産の雑穀で、日本では「スーパーフード」として注目を集めているようだ。サラダやカレーに振りかけたりと、ゴマの代わりに使うらしい。一応カレーに振りかける。


あさひサンライズホールでは、市民参加型の演劇公演制作を2003年度から行っているが、財源措置の打ち切りにより、今年でラスト公演となる。過疎化によって人口と町の予算が減る中、演劇文化を創造、継承していく困難さがうかがえる。


演目は「かれこれ、これから」という作品で、高齢者のシェアハウスに住む男女が織りなす恋愛群像劇。地元でのオーディションでキャストを決めたせいなのか、登場した親子のどちらが親で子なのかなど、理解に時間を要したが、舞台装置や照明など技術と資金力の高さを感じた。


16時に終演し、本日宿泊する隣町へ移動。2006年から2014年まで8年間暮らした場所である。自身は引っ越ししてから仕事で毎年のように訪れており、直近は6年前にも仕事で来ているので、町の変化はそれほど驚きはしなかったが、相方は引っ越し以来11年ぶり。昔住んでいた公宅や、その近くの大学公園、人気のラーメン店など、小雨の中散歩する。公宅から一区画曲がったところに、食堂跡の建物があり、よく食べに行っていたことを思い出す。その時は全く思い出せなかったが、後からインターネットで調べると、「一なり食堂」という名前で、2019年までは営業していたようだ。丼ものやラーメンなど、赤いカーペットの座敷に座って食べたことを思い出した。


ホテルは街中なので、商店街などを歩いて夕食の場所を探す。よく通っていた居酒屋などは店名が変わったり、廃業したり。駅前の人気の菓子工房も、今年の2月に閉店してしまったようだ。店主が高齢となったことが理由のようだが、強面の店主とのやりとりなども思い出す。夕食は、居酒屋 炉ばたへ。炭火で焼き上げたお魚屋焼き鳥が美味しく、よく利用していた。ビールで乾杯し、焼きサバやジャンボ串などを注文。


 雨の中、2件目のバーへ。互いに2次会で毎度のことのように利用していたDIXIEというお店。むろん相方と2人で来るのは初めてだ。いつもお客で賑わっていたが、この日は天気が悪いこともあってか土曜というのに客は1組のみという状況。カクテルなどで乾杯する。チビたちが二人とも小学校に入ったりした頃は、街中のチェーン店の居酒屋やカラオケへ行ったりしたことも思い出しながら。


2025年8月23日土曜日

夜高あんどん

 本日は相方の祖父の三十三回忌法要。まずは空港まで義妹を迎えに行く。昨日法事用の服装の準備をしていたところ、ワイシャツが見あたらなかったので、空港の無印へ。しかしワイシャツはなし。しかしユニクロには置いていた。空港では何でもそろう。


途中、高速のサービスエリアで昼食。蕎麦を中心に注文したが、Naoはカレーを食べていた。食後には、北菓楼でソフトクリームを購入。Naoはシュークリームを食べていた。


法事会場のホテルへ到着し、さっそく着替えて準備や親せきとの挨拶。法事自体は45分程で終わった。会食まで1時間程度時間があったので、Naoと温泉へ。露天風呂から渓谷沿いを流れる川も見え、サウナと水風呂に入り、露天の椅子で外気浴をして気分爽快である。会食では、義弟が古いアルバムからつくったスライドショーをみんなで鑑賞した。昔の写真をみながら声があがる。先祖を偲ぶ素敵なスタイルである。


丁度、町内で夜高あんどん祭りが行われているということだったので、ホテルのバスで会場まで送ってもらう。人口3000人弱の町に、2日間で5万人以上があつまる一大イベントである。まだチビたちが生まれる前に訪れたことを記憶の隅に思い出す。(保存されている写真を確かめると2001年と2004年)大小合わせて十数基のあんどんが街中を練り歩き、最大の見せ場は大型あんどん同士の「ぶつけあい」。駅前の会場には多くの観光客が溢れ、40分程待機してその時間を待つ。事前にNaoには「ぶつけあいって言っても、先頭の部分を潰しあう程度で、あんどん自体を壊しあうわけじゃないからね」と保険をかけておく。その効果もあり、見終わったあと、それなりに満足していた。


十数年前のあんどんは、白熱球のランプをバッテリーなどで光らせていたと思うが、現在は、LED化で明るさが増したことにより、精巧な図柄や色合いも鮮明に照らされ、見ごたえが増している。この地域の夏の風物詩を十分に堪能した。

2025年8月17日日曜日

帰国

ソウルでのワーケーション最終日。共同冷蔵庫の中身を確認し、部屋番号の301のラベルのものがないかを確認する。「空港でブランチを」ということで、少し早めの8時に出発、仁川国際空港へ向かう。


パスポートチェックインをして座席を確定し、荷物を預ける。Naoは購入したカバンが免税対象になるということで、その手続きを行う。免税600円が払い戻された。空港の韓食レストランで、コムタンスープなどでブランチ。韓国グルメを食べつくした感じであるが、本場のチャプチェを食べ損ねた。


Makoとはここでお別れ。次に会えるのは4か月後だ。出国の手続きもすべて機械にパスポートをかざすだけ。前回の韓国旅行において、一番のトラブルとされる韓国スライム没収事件を思い出し、Naoに告げると、かなり照れていた。彼の黒歴史の一つである。


免税で戻ってきた6000ウォンで、お茶とお菓子を買い、機内に乗り込む。偏西風の関係で行きよりも早く日本に到着、入国手続きも税関もなんなくクリアし、楽しかった行程は終わりを迎えた。Makoのハングルがスムーズな旅行に大きな役割を果たし、韓国が「気軽にふらっと遊びに行ける場所」になった感じである。グルメはもちろん、歴史や民主主義についてなど、学びを深めることができた9日間となった。

2025年8月16日土曜日

オリグイ(鴨焼き)

いつもより少し早く7時過ぎに起床。まずは、ホテルからバスで一区間のところにあるタプコル公園へ。「3・1独立運動(万歳運動)」の起点となった場所で、公園内の八角亭前にて、独立運動家が集まり、独立宣言文を読み上げた場所である。公園内には独立運動に関連するレリーフなどがあったが、昨日の光復節で何かの集会を行っていたのか、公園内はゴミで溢れていた。また地元のお年寄りが朝早くから休憩などして集っていた。かるく見学。

本日のメインイベントのために南揚州(ナミャンジュ)へ向かう。ソウル市内から出ることになるので、電車を乗り継いだ途中で、ソウル市内だけで使える気候同行カードからtーmoneyカードへ交換。途中、バスの上下線を乗り間違えた際、Makoがスマホの位置情報ですぐに気が付き、バスを乗り換えるというトラブルがあったが、ソウルを出発して1時間半あまり、なんなく目的地であるチンミオリグイ(鴨焼き)の店へ。


この店も「隣の国のグルメイト」で紹介された店である。韓国ではカモ料理が一般的ということで、そういえば、光州でも「オリタン(鴨鍋)」を食べている。11時半にはついたが、席はすでに満席で、名前を書いて待機。30分程待って呼ばれた。ビニールハウスでつくられた別館と、冷房の効いた本館があり、Makoは「涼しい方」の本館を選んでくれた。


鴨焼き3〜4人前と、チゲ鍋、ビビン麺を注文。カモ肉は9割がた火が通った状態で、すり鉢に入れられて出てくるので、それを炭火で軽くあぶり直して、サンチュやニラをはさんで食べる。少し甘い味付けで、3〜4人前はあっという間に平らげた。すり鉢に残った汁がとにかく美味しいと、相方はスプーンで汁をすくって何度も飲んでいた。いつもは1本しか注文しないビールも2本注文する。こんなおいしい店が近くにあったら、通い詰めてしまうだろう。


韓国の人たちは店まで車で来ていたが、我々はバス移動。田舎のバス停でのんびり待つ。ソウル市内だと、電光掲示板やスマホのアプリで「あと何分で到着する」「いまバスはどこにいる」か表示されるが、さすがにこの田舎だと時間が読めず、15分ほどまってバスに乗り込む。


90分かけてソウルの聖水(ソンスドン)へ。工場倉庫跡地がおしゃれなセレクトショップへ生まれ変わった街で、Naoが肩掛けのカバンが欲しいというので3~4軒店舗を回って赤いカバンを購入。

メガコーヒー店でアメリカーのを飲み、オリーブヤング(韓国のヘルス&ビューティーストア)へ。相方は、顔パックやシワパッチと購入していた。


Makoがくるみ菓子(ホドゥカジャ)の美味しい店がソウル駅にできたということで、ソウル駅へ。駅前では、現大統領に批判的立場の親米保守派政治団体が集会やデモ活動を行っており、街宣車も通ったりと騒然としており、警察も取り囲んでいた。また、そのすぐとなりで、天理教の団体が街宣をし、その隣ではキリスト教系の団体がカラオケ集会をしたりと、表現の自由を謳歌していた。東京駅前では見るこのできない光景である。


くるみ菓子(ホドゥカジャ)は、韓国の伝統的なお菓子で、日本のベビーカステラが最も近い食べ物だ。カリっとした生地の中に餡が入っており、アンコ、ミルク、ずんだ、きなこ味を注文。どれも格別においしく、フードコートの席で夕食としてつまむ。


その後、ソウル駅のロッテショッピングマートにて、それぞれお土産買物を物色。ソウル物産コーナーで「日月五峰図(イルウォロボンド)のマグネットも購入する。日月五峰図は、王が座る椅子の後ろに掲げる屏風に描かれているもので、青い空を背景に、緑の山の峰が五つ並んでおり、白い月と赤い太陽が浮いている。それ自体が王を象徴する絵ということだ。


ソウル旅行のすべての日程場、Makoの添乗のおかげで無事に終えることができた、翌日はインチョン空港まで着いてきてくれるというので、Makoは自身の荷物をまとめて、相方と一緒に一旦寮へ荷物を運びにでかけた。今日一日は最終日ということもあり、元気のないMakoだったが、それもMakoらしくて。

2025年8月15日金曜日

光復節とカルグクス

8月15日、韓国では「光復節(クァンボクチョル)」と呼ばれ、日本の植民地支配からの解放を記念する祝日である。外務省のHPには、「8月15日の光復節などに際する日本関連デモ・集会に関する注意喚起」が発出され、「無用のトラブルに巻き込まれることのないよう注意してください」との情報が出され、Makoの下にはメールでの連絡もきていた。

8:30に起き、バス停へ向かう。が、ちょっと間に合わずに停留場からバスは出発してしまった。信号待ちしているバスに向かって「乗りたい」と合図を送ると、たいていは乗せてくれる。日本では珍しい光景である。

本日の勉強テーマは「大韓民国臨時政府」について。1919年、三・一独立運動の直後に結成された朝鮮独立運動の組織で、戦後、南北分断の中でアメリカ軍によって解体された。まずは、京橋荘(キョンギョジャン)へ。臨時政府の主席だった金九(キム・グ)の私邸跡である。また、金九が内部での対立によって暗殺された場所でもある。現在は、周囲を病院の建物によって囲まれており、臨時政府に関連する展示や応接室、執務室、寝室などが展示されていた。暗殺された際の銃弾のあとも残されていたが、本物かどうかは不明。

その後、隣の「敦義門博物館村」へ。韓国の伝統家屋である韓屋(ハノッ)や、日本統治時代の建物を改装したスポット。施設内の韓屋芸術工房「セシ食品研究所」で、デザートづくりを体験する。8月は桃を使った伝統的お菓子(ヤンギャング)づくりで、羊羹を温め直して、型に入れて冷やし、飾りつけを行う1時間ほどのコース。よい思い出作りである。

昼食は、近くの韓国料理チェーン店「キンパ天国」へ。いわゆる何でもあるファミレスだ。Makoはカルグクス、Naoはラーメン、そしてキムチチゲなどを注文。

午後は、国立大韓民国臨時政府記念館へ。文在寅大統領が就任前に大統領選の公約として掲げ、2022年に設立された新しい建物だ。韓国臨時政府については、日本ではあまり学ぶことがなく、韓国においても、「政治的正統性を継承するもの」であるという立場がある一方、その評価については政治の思惑によって濃淡があるようだ。民主主義の基本である議会の歴史についてなどの展示が主だった。また光復節ということもあり、様々なイベントも行われており、「私たちは韓国光復軍」というイベントでは、軍服姿の兵士と一緒に写真を撮るために列になったり、おもちゃのライフルをつくるというイベントがあったりと、日本ではあまりみられないものも多かった。


光化門の付近を通って次の目的地へ。夕方から行われる光復節80周年の大規模イベントのリハーサルが行われており、警察車両や警察官が並び厳戒態勢であった。バスを乗り継ぎ江南(カンナム)へ。


夕食は、「漢城カルグクス 論峴本店」。この店は、2025年にネットフリックスで放送されていた「隣の国のグルメイト(松重豊さんと、ソン・シギョンによる日韓グルメ番組)」という番組に登場した店で、今回の旅行の下準備に大きく影響された。開店より30分程早く着いたので、コンビニ前で時間調整して開店時間に店に行くと、すでに9割がた席は埋まり、ぎりぎり座席を確保できたと思ったら、直後から待ち行列ができるほどの大人気店であった。カルグクス(韓国風うどん)や茹で牛、卵たっぷりの海老チヂミを注文し、マッコリで乾杯する。牛骨からとった出汁による、あっさりした味のカルグクスで、ズッキーニのトッピングが美味しかった。


食後は、韓流スター通りを見学し、盤浦大橋(バンポ・デギョ)までバスで移動。ここは、日が沈むと橋桁から噴射される噴水ショー「月光虹噴水」が見られる場所で、漢江(ハンガン)公園の中でも人気の場所だ。日没まで時間があったので、2人乗り自転車を2台レンタルし、相方とNao組、自身とMako組で河川敷のコースをサイクリング。途中からペアを変えたり、写真撮影をしたりと楽しんだ。19:30の日没からは、噴水ショースタート。曲に合わせて水が噴射し、それがLEDライトで照らされ、幻想的な雰囲気で、ソウルタワーのライトアップと相まって、素敵な時間を過ごす。


バスを乗り継いでホテルまで戻る。帰りの車内で、光復節のイベントのライブ映像をスマホで眺める。ちなみに、この日、はじめて日本車を2台(ホンダアコード)見かけた。2015年からの日韓関係の冷え込みが影響し、2019年におこった日本製品不買運動によって、韓国では日本車を見かけることはほとんどない。


コンビニで飲み物を購入してホテルへ。このコンビニ「GS25」には、ほぼ毎日通い詰めた。

2025年8月14日木曜日

チムジルバン

この日もゆっくりと8:30に起きる。2日間雨にあたったが、ようやく雨が上がった、がまた気温が高くなるようだ。

南営洞(ナミョンドン)まで地下鉄で移動し、10時の開館に間に合うように、民主化運動記念館へ。今年6月10日に開館したばかりの記念館で、Makoはすでに訪れていた。軍事政権下の韓国で、公安警察が運動活動家を拷問した施設で、国家暴力の象徴とされた旧治安本部南営洞対共分室(通称南営洞)を改造してつくられている。1987年の民主化運動中に警察の拷問により亡くなったソウル大生の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんの取調室が再現されており、見学していても恐怖が伝わってきた。旅行前に、『1987、ある闘いの真実』という映画で予習済みだったので、より重く深く伝わってきた。6·10抗争の起爆剤となった怒りも大きさも伝わってきた。別階では、「民主主義」について学ぶことができるコーナーがあり、かなり充実して学ぶことができる施設であった。


昼食は、近くのとんかつ店へ。韓国式のペラペラのとんかつを期待していたが、しっかりとした肉厚の日本式のとんかつで、普通の日本食を食べただけとなった。次の目的地までバスで移動、としたところ、交差点の前でNaoがカバンをガサゴソ。気候同行カードが無いと言い出す。Makoも一緒にすべてをひっくり返して探すが見つからず。朝に南営洞の駅を出た際に使用したのが最後なので、自身とNaoは南営洞駅を探しに行き、Makoと相方は民主化運動記念館を探しに行く。駅では見つからず、民主化運動記念館に向かうと、なんと、落とし物として預かってくれていた。熱で変形したカードはきちんと届けられていた。奇跡である。


無事にバス移動し、午後は植民地歴史博物館へ。日韓の歴史が分かる博物館で、大規模な博物館ではないものの、大変訪れる価値のある場所だった。とりわけ、昨年12月の戒厳令デモから、今年4月の尹錫悦大統領の弾劾・罷免までの特別展示もされており、「民主主義とは何か」をはっきりと感じることができる内容だった。博物館の外観についても、戒厳令デモの際に使われたポップな旗で覆う展示がされていた。対応していただいた受付の方が、日本語で書かれた展示案内のパンフレットを貸してくれたので、展示内容についてもよく理解できた。また、博物館の創立や運営に関わっている日本人の学芸員の方も挨拶してくれ、Makoの卒論の相談なども乗ってくれると言っていただけた。


「伊藤博文の次に嫌われている」とされている安倍政権時において、慰安婦問題や、徴用工問題、2018年のキャンドルデモについても展示されており、自身とのかかわりの深い金子兜太さんの揮毫(きごう)した「アベ政治を許さない」もラミネート展示されており、盛り上がる。ちなみに、前回韓国を訪れた際に、南山(ナムサン)公園に展示されていた、「記憶されない歴史は繰り返される」の文字も刻まれたモニュメントは親日をうたう保守派の尹錫悦政権によって、2023年に取り壊されている。歴史修正主義者と闘い、正しい歴史をどう認識し、記録していくか、民主主義が問われている。


予定では、この後「戦争と女性の人権博物館」へ行く予定だったが、もうお腹いっぱいということになり、本日の学習はこれまでとした。帰り道、行列のできる「ねじり揚げパン(チャプサルクァベギ)」の店があったので、買い食い。やわらかい揚げパンだった。


地下鉄で東大門(トンデムン)まで移動し、dundun というデパートでお土産ショッピング。チムジルバン(温浴施設)へ移動途中の交差点で、翌日に光復節を控えていることから太極旗の配布が行われており、それぞれ1本ずつ受け取る。


スパレックスグッドモーニングシティというチムジルバン(温浴施設)は建物の地下にあり、まずは、定番であるタオルの巻き方「ヤンモリ(羊の頭という意)」をMakoに指導してもらい、「羊巻き」で写真撮影。石窯式のサウナは様々な温度の部屋が設定されており、のんびりと汗をかく。食堂では、ラーメンなどの軽食が出されており、チムジルバンの定番である燻製卵とシッケ(韓国式の甘酒)を注文。シッケは予想以上に美味しい味わいだった。浴場は日本と一緒だが、シャンプーやリンスは用意されておらずに小分けのものを購入する銭湯スタイルで、男組は昭和風に石鹸ひとつで勝負する。


バスにのってホテルへ戻り、ホテル近くのチキン店でチキンとポテトを持ち帰り。ホテルのキッチンでインスタントラーメンをつくり、チキンとポテト、コンビニで買ったビールで「チャン(乾杯)」。

2025年8月13日水曜日

成均館(ソンギュングァン)大学

 今日からは、朝はゆっくりと。8:30に起きて、本日の最初の見学場所、韓国銀行貨幣博物館へバスを使って向かう。昨日、光州で降っていた雨が北上し、この日はソウルを直撃。時折スコールのような雨が降る。

韓国銀行貨幣博物館は、韓国中央銀行の建物をリニューアルした博物館で、日本人の辰野金吾さんが設計したとのこと。植民地時代は朝鮮総督府傘下の「朝鮮銀行」として、解放後は中央銀行として使用されていた。貨幣や金融の歴史が展示されており、社会見学に訪れた子どもたちで賑わっていた。建物の、「定礎」は伊藤博文が直筆したとのことで、これを撤去するかしないかで揉めたようで、結局撤去せずに歴史的記録として保存することになったとのこと。この「定礎」を雨の中、建物の周りを歩いて見つけることができた。

大雨の中、バスを乗り継いで、Makoの通っている成均館(ソンギュングァン)大学へ向かう。朝鮮王朝初期、1398年に最高位の国家教育機関として設立された大学で、 東アジアで最も古い大学ということ。バスから降りて大学の建物内に入る際が最もひどい豪雨で、笑ってしまうほどのスコールだった。無事に建物内に入り、まずは学食へ。Makoが普段使う方の学食ではないということだったが、今日のメニューを見てこちらの学食の方に決めたらしい。Makoおすすめのジャジャ麺を食べる。Naoは麺ではなくエビチャーハンに同じような餡がかかっているものを注文。付け合わせのキムチとたくあんが自由によそえるスタイルだった。

食後は、Makoの授業受けてる棟へ向かう。丘の上に建てられており、移動するのにもかなりの坂道を行き来しなければならず、大変だと言っていた。講義室なども覗かせてもらう。売店では相方が大学のトレーナーを買っていた。大学マグネットも購入。

コーヒーブレイクの後、学舎のひとつである明倫堂(ミョンリュンダン)を見学。前庭には大学の校章にもなっている樹齢の古いイチョウの木そびえていた。秋は紅葉の名所となるということだった。


次の予定が迫っていたので、タクシーで移動しようとしたが、なかなか配車アプリでも見つからず、結局バスで移動。JTNアートホールで「ビューティフルライフ」というお芝居を見学する。平凡な夫婦の人生を温かく描いたストーリーで心温まる内容だった。登場する2人の俳優が青年から老年まで、そして他の登場人物を演じていた。日本語字幕付きの回を選んでもらったので、韓国語が分からなくても理解することができた。ただ、アドリブの部分であったり、字幕が追い付かない場面については、Makoだけが笑って観ていた。前回韓国を訪れた際は、NANTA(ナンタ)」のお芝居を観たが、いずれもロングランで上演されているものだ。


その後は、雨が上がり、梨花洞(イファドン)壁画村まで歩いて行き、道行く道の店や家、橋下の壁、階段などに描かれた壁画を眺める。そのまま 駱山(ナクサン)公園へ。韓国ドラマのロケ地としてよく登場する公園で、小高い丘の上に位置しており、夜間はデートスポットとして人気らしい。


大学路(テハンノ)に降りて、おしゃれなバーやカフェを見学。プリクラで家族写真も撮る。相方がサムギョプサルが食べたいというので、Makoが友達と行ったことのあるお店へ。お肉と一緒にもやしのナムルも焼いて食べるスタイルで、ネギキムチやスパークリングの韓国焼酎が美味しかった。Naoはカンジャンシジャンのお店で食べたウナギと同率1位タイの美味しさだと言っていた。


バスでホテルへ戻る。1日雨だったが、もう雨雲は去ったようだ。Makoはホテル戻ってキッチンでシメのラーメン2個を平らげた。

2025年8月12日火曜日

光州(クァンジュ)へ

前夜の洗濯で、乾燥後に「気候同行カード」が発見された。乾燥機の熱で変形しており、一目瞭然で使用不能と思われた。むろんNaoのものである。朝食後に相方と使用できるかどうかを地下鉄まで試しに行くと、奇跡的にゲートを通過できた。一日雨予報だったので、傘をもって光州へ。


地下鉄で龍山(ヨンサン)駅まで移動し、そこからから韓国高速鉄道KTXに乗り換えて、一路光州(クァンジュ)へ。韓国において民主主義を象徴する、いわば「民主主義の聖地」である。龍山(ヨンサン)から光州松汀駅までは2時間。チビたちは爆睡である。


まずは雨の中、光州学生独立運動記念館へ向かう。日本帝国主義の統治の下、植民地政治に血を流しながら抗った若者たちの闘いの歴史が展示されていた。受付を済ませると、学芸員の人が展示を案内してくれた。韓国語はMakoが通訳してくれた。観光で訪れるような場所ではなく、大雨の日だったので、館内にいたのは我々だけだった。学芸員の人は「次はここに行ったらいいですよ」と教えてくれた。


学芸員に勧められるまま、タクシーで、「5.18自由公園」へ。1980年の5.18民主化運動時に、市民を拘留し自白強要のため拷問を加えた場所を移設展示したもので、市民たちが受けた拷問と不当な処罰について展示されていた。電車で、全羅道グルメ店まで移動し、「ポリパッ(麦ご飯定食)」を食べようと思ったが、普通の定食だった。


午後からは、この日のメイン施設である、「5.18民主化運動記念館」へ。1980年5月18日から27日までの10日間、光州で起きた民主主義のための市民抗争を記録した建物で、歴史的現場だった旧光州カトリックセンターに2015年に設立された。2011年にはユネスコの「世界の記憶遺産」にも登録されていた。事前に、映画「タクシードライバー」などを観て、光州事件の予習はしていたが、実際の現場でそれを学ぶと、民主主義とは何か、ということを肌で実感することができた。残念ながら日本では「民主主義」を体系的に学ぶ施設は皆無に等しい。


夕食は、光州のご当地グルメであるヨンミオリタン(鴨スープ)の店へ。アヒルとカモの違いについて論争しながら、人気店へ。ヨンミオリタンは鴨肉を食べやすいサイズに切って酒、コショウ、ニンニク、コチジャン、エゴマ粉で煮込んだもので、スープはトロリとしており、香ばしくて濃厚な味わいだった。光州に着いた際はゲリラ豪雨だったが、次第に雨も弱まり、予定していた学びを完結することができた。満腹の状態で、ソウルに戻るべくKTX光州松汀駅へ。少し目を離したすきに、Makoはラーメン店へ入り、ひとり、おでん入りラーメンをすすっていた。


その夜、部屋の床が水浸しになった。Makoがシャワーを浴びた際、ドアが完全に閉まっておらず、そこから水が漏れだしたのだ。幸いにも、階下には影響がなかったようだ。

2025年8月11日月曜日

DMZ(非武装地帯)ツアー

この日は、朝5時起き。6時にならないと、キッチンの照明が点かないため、暗いキッチンで朝食をとる。6:00過ぎに出発し、待ち合わせ場所の地下鉄降り場まで向かう。DMZ(非武装地帯)行きのツアーバスが何台も並んでおり、最も豪華なバスが予約したツアーのものだった。日本人が3組、残りは外国人のツアーで、バスの前方と後方に分かれて座る。それぞれガイドが付いており、日本語のガイドは、関西で勤めていたという魚(ウォー)さん。「Dragonと呼んでほしい」と言っていたが、誰一人そう呼んではいなかった。外国人ツアー客の遅刻で、7:00出発が10分遅れた。


DMZ(非武装地帯)付近には北朝鮮が韓国に攻め入るために掘ったといわれるトンネルが4つあり、前回、2018年末に訪れたDMZは、ソウルから1時間ほどの「第3トンネル」で、最も観光客が訪れる観光化された場所。そして今回は、高速道路で2時間程のところにある「鉄原第2トンネル」。


1975年に発見された「第2トンネル」は、全長約3.5km、地下50~160m、軍事境界線から南に約1.1kmまで到達しており4本中最大規模で、1時間あたり約3万人の武装兵力を移動可能だという。小型戦車も通過できるらしい。また、韓国軍が発見した際、トンネル内の確認作業を行っていた兵士が8人が亡くなったということで、その慰霊碑も建立されていた。


支給されたヘルメットをかぶり、階段を降りて進入。頭を何度も天井にぶつけながら300mほど進む。地面は地下水で湿り、天井からは水が滴り落ちる。残り300m先が軍事境界線、というところで行き止まりとなっており、最前線には兵士がおり、空気がピリリと引き締まる。撮影は禁止されているが、「兵士の見えない場所だったらいいですよ」というので、写真や動画を回す。トンネルから出て、他のツアーガイドに「動画はダメだ」と注意されたが、注意されただけだった。


バスで、鉄原平和展望台に移動。展望台まではモノレールもあったが、「混んでいる」ということで徒歩で登る。展望台の1階には朝鮮戦争の展示物があり、2階にある展望台からは北朝鮮を眺めることがでる。日本語ガイドの映像を見た後、双眼鏡で宣伝村などを眺める。前回のDMZツアーでは、双眼鏡で人物なども確認できたが、今回は兵士の宿舎のみが荒涼とした雰囲気の中に見ることできた。ガイドの方は「大統領が変わって民主党政権となり、太陽政策が再開されたら、また両国の関係が改善の方向にすすむかもしれない」と言っていた。


バスで、鉄原平和文化広場へ移動。もともとは、DMZ内にあった月井里(ウォルジョンリ)駅が移設展示されている。現在は非武装地帯の南方限界線にある韓国最北端の終着駅となっている。駅舎や朝鮮戦争時に破壊された北朝鮮軍用貨物車が展示されていた。公園には娘の銅像が建てられている。ガイドの話では、娘が病気の父に、井戸水を汲んで千回運ぶと治るということから、千回運んだら逆に娘が亡くなってしまった、という話の銅像であると説明してくれた。Makoは「3回なら運んでいいよ」と言ってくれた。


バスで、北朝鮮労働党官舎の廃屋まで移動。1946年に完成した朝鮮労働党鉄原郡の党舎で、朝鮮戦争の激しい爆撃にも生き残り、鉄筋コンクリートとレンガを組み合わせた3階建ての建物は生き残っていた。戦争の悲惨さを伝える遺構として文化財に指定されているらしい。その隣には、開拓の村のような施設があり、張りぼての薬局や病院などが展示されていた。学校には、日本の植民地時代の教科書、黒板の上には掲示された教育勅語も見ることができた。


昼食は、田舎の長寿食堂で、ガイドのおすすめであるプルコギ、相方はビビンバ、Makoはスンドゥブを注文。すべての野菜は、裏庭で栽培されたものということで、とりわけポテサラが美味しく、おかわりをした。荏胡麻の和え物も美味しかった。


午後からは、漢灘江ジオパークへ。ユネスコ世界ジオパークに認定された漢灘江の自然と地質を体験できるツアーで、柱状・板状の地質などの絶景を眺めながら、峡谷にかけられたスリル満点の道や橋をすすむ。全長は3.6㎞あるが、1㌔地点で折り返して往復2㌔、1時間ほど自然を満喫する。この日は、ガイド曰く、「今日一日で13000歩」歩いた。


バスで2時間かけてソウルに戻る。すでに夕方である。明洞の地下街でMakoの腕時計のベルト交換を行う。Makoが大学生になった時に買った時計である。4000円で交換できた。Naoが「チキンを食べたい」ということで、調べて「新韓国トンタッ 鐘路3号店」へ。昔ながらのチキンで、常連で賑わっていた。店の前では夕涼みか飲み倒れか、おじいさんが2人横たわっていた。チキン3羽、砂肝揚げ、ポテトを注文。ビールとチキンの組み合わせは「チメク」という。4600円で大満足だった。


Makoはライブのチケットを取るということで、夕食後に分かれていったん寮に戻った。チェーンの「メガコーヒー」のお店で、ブラックのアイスコーヒー(韓国では「アメリカーノ」という)を注文、香りがたっていて美味しいく、290円でLLサイズ。Naoはレモネードを注文していたが、どれも日本のそれより甘いのが特徴だ。ホテルへ歩いて戻り、相方は広蔵市場(クァンジャンシジャン)で翌朝の朝食のキンパを購入。300円。いつものコンビニでヨーグルトや炭酸水、トウモロコシ茶も買う。歩き疲れた一日となった。

2025年8月10日日曜日

ソウルタワー

 7時過ぎに起きて、相方、Nao、Mako、自身の順番に洗面所を使う。朝食を食べに一階に降り、共同冷蔵庫に部屋番号を記入しておいたヨーグルトなどを食べる。相方はさっそく、インスタントラーメンを食べていた。ちょうど、釜山からきていた韓国人家族もキッチンで朝食を食べており、キッチンの使い方などを教えてくれた。また、Makoと同世代ほどの娘は日本語も上手に話していた。日本のアニメで覚えたらしい。アニメのちからは偉大である。

地下鉄にのり、先ずは景福宮(キョンボックン)へ。韓国を代表する朝鮮時代の宮殿である。前日に韓服のレンタルを予約しており、Makoと相方はチマチョゴリに着替える。その間、Naoとカフェで待機。韓服を着ていると、景福宮への入場料が無料となるシステムである。10時からは王宮で門の開閉や警備を担っていた「守門軍(スムングン)」の交代の様子を再現した「王宮守門将交代儀式」が行われ、暑い中日傘をさしながらそれを見学。


地下鉄で、安国(アングク)まで移動し、旅行雑誌で調べておいたカンジャンケジャン(ワタリガニのしょうゆ漬け)の有名店でランチ。Naoはウナギ、Makoはビビンバを食べていた。いずれも美味。


食後は、近くの北村韓屋村(プッチョン・ハノンマウル)を散策。日本でいうと京都の「町家」や浅草のような、伝統的な家屋が残るエリアで、坂が多く、日差しも暑い。展望台でカフェで一休み。


その後はバスで徳寿宮​​(トクスグン)へ移動。韓国のバスの運転はかなり荒く、ひと時も気を緩めることはできない。ちなみに、待ちゆく普通車のガラスは、基本フルスモークである。日本では違法となるので見ることはない。スモークフィルムを自身で貼ったと思われる車も見受けられた。また、車のドアには青いスポンジ状のパーツが付いている車が多い。人口集中度の高いソウルでは、駐車場の面積も狭く、車のドアの開閉時に、隣の車にぶつかってしまうことも多々あるのだろう。


徳寿宮(トクスグン)は、王宮の離宮として使われていた場所。石造の宮殿もあり、外国の使節と接見した際に使われていたらしい。何かの撮影のために、中に入ることはできなかった。


隣のソウル支庁で休憩。夕食の予定だった明洞の冷麺店は日曜定休だったので、平壌麺屋の店を探す。バスに乗って東大門(トンデムン)まで移動。平壌麺屋(ピョンヤンミョンノク)の店へ。有名店ということもあり、帰るころには行列ができていた。冷麺と水餃子を注文。水キムチも美味しかった。



食後、Naoは一人でwifi持って散歩に出かけ、Makoは寮に戻って翌日のDMZツアーの必要資料を印刷し、残された2人は、東大門デザインプラザ(DDP)で休憩。休憩スペースにビーズソファが並んでおり、そこの横たわって英気を養う。Makoは「DDPには何にもないよ」と言っていたが、テナントやお店など様々あり、見学する。


無事に待ち合わせをして、バスを乗り継ぎ、ソウルタワーへ。ドラマでは確実に登場するソウルのシンボルで、観光客で賑わっていた。チケットを買って、エレベーターに乗るのに20分程待つ。そしてMakoは蚊にさされる。上昇するエレベーター内も、スクリーンで綺麗な案内がされ、展望台からは漢江に架かる橋、車列、夜景の街並みが綺麗に望むことができた。下りのエレベーターに乗り込むのにも20程待たされた。バス乗り継ぎホテルへ戻り、2日目終了。乾燥機は深夜の1:30に完了。

2025年8月9日土曜日

ソウル旅行

 夏休みの最大イベントであるソウル旅行出発の日。7時に家を出発し、空港へ到着。パスポートチェックインまではまだ時間があったので、先にポケットWIFIのレンタルを行う。パスポートチェックインという仕組みでチェックインするのは初めてだったが、6年前(2019年)に海外旅行に行った時から、一気に便利になった感じである。3時間程で一気に韓国へ。昼時間に乗ったので、Naoは空港で購入したおにぎり2個を昼食として食べる。購入したわかさいもも食べる。

仁川国際空港まではMakoが迎えに来てくれていた。韓国旅行に来ていたMakoの友達との入れ替えで空港へ到着する。4カ月ぶりのMakoは、友達との韓国旅行に引き続きなので元気いっぱいである。空港のコンビニで交通系カードであるtmoneyに2000円チャージしてくれた。鉄道に乗ってソウルに向かう。気温は30度程度で、東京より涼しく、北海道よりも暑い感じだ。ただ湿度が高くないので過ごしやすく、植生も北海道と同じなので、街並みをながめた感じは、異国に来た感じは全くしない。


地下鉄に乗り継いでホテルへ到着。チェックインもすべて機械で行い、3Fの301号室へ。ダブルベットの二段ベットで狭いが、部屋は小ぎれいで、MakoとNaoはベットの上段で仲良く寝ることになった。シャワーと洗面とトイレが別にあるが、シャワー水を浴びると、便器を直撃するスタイルで、便座がシャワーの度に清潔に保たれる。


ホテルからMakoの大学の寮までは、歩いて15分。余計な荷物を置いてくるというので、みんなで歩いて向かう。大学のE棟の寮で、夏休みが明けたらまた別の寮に引っ越しとなるらしい。


夕食は、ホテルから徒歩5分程の広蔵市場(カンジャンシジャン)へ。歴史のある、屋根付きの市場で、観光客向けに、様々な屋台やお店が並んでいた。旅行雑誌で事前に調べていたお店に行き、ピンデトク(緑豆の生地に肉や野菜などを入れて揚げ焼きしたもの)を注文、Cass(韓国のビール)で乾杯。注文したピンデトク3枚を平らげて次の店へ。


有名はトッポッキの店は閉まっており、ユッケの店は大行列。市場を行き来して食べ歩きもし、キンパとトッポッキの店に入り、おでんやスンデも注文。初日から色々とグルメを堪能する。ホテルに帰る途中のコンビニに寄って、翌日の朝食(ヨーグルトや飲み物)と、気候同行カード(ソウル市内の公共交通機関の乗り放題のカード)を購入する。7日間のチャージで2000円、1日300円弱で乗り放題になるのでかなりお得である。


ホテルの共同キッチンには、一通りのキッチン道具の他、インスタントラーメン調理器も常備されていた。アルミトレーと食べ放題のラーメン4種が置いてあり、さっそくNaoはラーメンを作って食べていた。



洗濯機は2階と1階にあり、2階の洗濯機を使うが、乾燥機の使い方が分からず、乾燥だけ1階のキッチンにある洗濯乾燥機で行う。乾燥には3時間程かかるので、夜中に起きて洗濯物を回収する。翌日からは本格的なソウル旅行スタートである。

2025年8月6日水曜日

帰省

 昨日Naoが帰省した。夕方まで都心部での出張を終え、相方と地下街のワールドカレンシーショップで待ち合わせ。3万円弱をウォンに換金する。その足で空港まで向かう。Naoは前期の成績が発表される日で、成績の如何によっては補講の事務手続きをしてからの帰省が必要だが、前期の成績通知がされず、結局飛行機の時間が迫ってきて、成績を確認できずに搭乗した。

飛行機は30分遅延して到着。連休以来2カ月ぶりの再会で、夕食はNaoの希望で焼き肉店へ。最初に向かった店は満席のため、スマホで次の候補を見つける。久々のまともな食事を堪能していた。

そして、翌日の今日、成績が確認されて、なんとか補習を免れることができたようだ。夕食はNaoのリクエストでウナギをたべる。

2025年7月13日日曜日

蛍鑑賞

日曜、「ホタル観賞会」の案内が回覧板に入っていたので、それを思い出して夕食後に出かける。この町では、2001年に自然環境の復元を目的とした「里山計画実行委員会」が発足し、離農跡地とその周辺の林地において自然復元活動を展開しており、我が家のチビたちも、小学校の時に自然体験学習で訪れている。また、川遊びをしたり、スタンプラリーで訪れたりとお世話になってきた。


夜の19時半集合に合わせて到着すると、すでに駐車場は満車の状態で町内外から50名以上の人が集まっていた。受付を済ませて虫よけスプレーで対策をする。日暮れまでは里山づくりとホタルの生息地づくりの取り組みについて説明を受ける。かつては、里山の最奥部に僅かな生息地が残されるのみだったホタル、里山環境の整備に伴って徐々に個体数が増加し、現在では近隣有数のヘイケボタル生息地となったとのこと。19時50分過ぎに光り出すとのことだったので、それに合わせて林道から里山の川沿いにすすんでいく。


歩くこと5分程、辺りが暗闇に包まれると、ヘイケボタルが光り出すのが見えた。あたりからは感嘆の声があがる。奥にすすむにつれ、ホタルの数も増え、ホタルの点滅や光りながら飛ぶ姿に包まれた。その様子を眺めたり、写真や動画に撮ったりと、1時間ほどの鑑賞会はあっという間に過ぎていった。実行委員会の方の説明によると、蛍も増ていくとともに、エゾエノキの木も増やしたので、野生のオオムラサキなども見ることができるとのこと。


8月にはナイトハイクのイベントも予定しているとのことだった。

2025年7月5日土曜日

勝利に乾杯

 7月に入って暑い日が続く。クーラーがなかったら過ごすのが厳しくなってきた。土曜の朝、涼しいうちに外作業を行う。まずはN-BOXのテレビキャンセラーの取り付け。標準仕様だと走行中はナビ操作とテレビ鑑賞はできなくなるが、それを可能とする機器を取り付ける。事前に動画で予習済みだったので、簡単な作業となった。続いてN-BOXの清掃作業と消臭を行う。とりわけシートにこびりついたしつこいタバコ臭を徹底して洗浄し、フロアマットも洗剤で丸ごと水洗い。しばらくは様子見である。


畑の作物も順調に生育し、毎日キュウリは1~2本収穫、ネギもどんどん生えてくる。ピーマン2個となす1個も初収穫。2回目に植えた大豆もしっかりと芽を出して背を伸ばしてきた。収穫が楽しみだ。


午後、テレビでサッカー観戦し、なんとか勝利を収めることができたので、夕食はウッドデッキでバーベキュー&ビールで勝利に乾杯する。収穫したビーマンもナスも網焼きして、美味しく食べる。

2025年7月1日火曜日

どら焼き

 自身の52歳の誕生日。平日だったので「家で手巻き寿司を食べよう」ということになり、仕事終わりにスーパーに寄ってお刺身のパックを購入して帰る。アサリのお吸い物もつくる。相方はアイスとどら焼き1個を買って帰ってきた。


普段はアルコールを飲まなくなったが、スパークリングワインで乾杯し、手巻き寿司を食べる。食後、誕生日ケーキの代わりにどら焼きを食べる。生クリームよりも餡子が美味しいのだ。

2025年6月29日日曜日

学園祭

 朝から暑い日曜日。気温が30度を超えそうな勢いだったので、朝食後に急いで庭の草刈りを行う。それでも日差しは強く、額に汗が流れてくる。


午前中、都心の大学へ向かい、学園祭で行われたお芝居を観に行く。自身の脚本を使いたいとの連絡を受け招待されたもので、当時の卒業生なども顔を見せてくれた。お笑い芸人のイベントと時間帯が被っていたこともあり、観客数は切ないものだったが、頑張って練習した様子も垣間見えた公演だった。


夕食後、テレビドラマの鑑賞を、と思っていたらMakoからビデオ通話が来た。夏休みに入り、寮の引っ越しもあり、と近況を報告してくれた。新しい寮は2人部屋で、キッチンが付いていないので、インスタント食品が食事の中心となるようだ。6階の部屋から、パックご飯とおかずの「ポッサム(ゆで豚)」を持って、1階の電子レンジの場所まで移動し、それぞれ温めて部屋に戻り、ご飯2パックを完食するところまで中継してくれた。部屋からはソウルタワー(南山ナムサンタワー)も見えるらしい。昨日はNaoと2時間ビデオ通話したようで、Naoが勤めていたバイト先をやめたこと、新たに雀荘でバイトをはじめたこと、学校の様子などを教えてくれた。


Makoは夏休みに入ったのでアルバイトを始める気持ちはあるようだったが、韓国でのアルバイトを始める覚悟がまだ整っていないようだった。それぞれ元気に過ごしてるようであれば問題はない。

2025年6月28日土曜日

N-BOX

 約10年乗り、20万キロを走り抜けたフィット、いよいよ世代交代の時を迎えた。相方が通勤に使用していたので、駐車場で記念撮影をしてから最後のフィットラン。買い物などを終え、お昼ご飯に蕎麦屋に寄ってからホンダディーラーへ向かう。


引き取ってもらうフィットと納車するN-BOXをバックに2人で記念撮影。ディーラーの方がその写真を印刷し小さな額縁に入れてくれたが、そんなものをどこかに飾るセンスを持ち合わせていないが、捨てるのも忍びない。


書類上の手続きを済ませて、相方の運転で帰宅。グレードアップした新車に乗って帰るならまだしも、中古のグレードダウンした車に乗っての帰宅ではさほどテンションは上がらない。それでも、ドライブレコーダーはもちろん、安全運転支援システムである「Honda SENSING」が標準装備となり、ペダル踏み間違い事故や、衝突軽減ブレーキが装備されているので、これまで以上に安全に車移動できるようになった。

2025年6月22日日曜日

オーケストラコンサート

残念ながら夏が勢いよく近づいてきている。 連日25度を超える日が続き、夕方自宅に戻ると、まずは冷房のスイッチを入れて室内を冷やす。庭のアスパラガスも毎日2~3本収穫できるので、日々の食卓を彩っている。連休明けに植えた2年物の大豆は、1/3ほどしか芽がでなかったので先週末に植え直したのだが、こちらは順調に芽がでてきている。

土曜日は特に外出の予定がなかったので、家でのんびり過ごして午後には2人とも美容室へ行ってさっぱり。

日曜日は動員型のコンサート鑑賞。デビューから35周年の石丸幹二 オーケストラコンサートの優待チケットをいただいたので、お昼前に出発。隣町のミシュランラーメン店で昼食。優しい味でほっとする。実家へ行ってベランダ物置の片づけをする。物置のものをどんどんゴミ袋に詰めていったが、物置からグローブが2つでてきた。父とキャッチボールをしたグローブだ。懐かしみながらゴミ袋に入れたが、母が「マンションのフリーマーケットに出すから残しておいて」と、ゴミ袋から救出された。なんだかホッとする。

夕方、コンサート会場へ。相方の両親とも待ち合わせて、6人で鑑賞。還暦を迎えるという石丸さん、ミュージカルのナンバーを、札響の響きに負けない力強い歌声で、シニア層を魅了していた。オーケストラの迫力ある演奏も魅力だった。鑑賞後、近くのホテルレストランで夕食。

Naoは高校時の友達とスイーツ店を梯子し、帰りの電車が運転見合わせとなったため、横浜経由で帰宅していた。

2025年6月7日土曜日

中古車市

 朝、テレビをつけていたら、「ALL Honda 中古車市 2025」のCMが流れた。先週、車検で車を預けていたディーラーに寄った際に、もう一台の買い替えにとめぼしい車を探していた最中だった。ディーラーの担当者は、すでに我が家に車を2台買わせており、買い替え時期のもう一台の車について、度あるごとに新車を勧めてきていた。しかしながら、新車を買う余裕も気持ちもないので、その話は塩漬けにしたままだった。中古車はめぐりあわせとタイミングなので、さっそく準備をして都心部の中古車市会場へ向かう。


朝9:30会場で、その直後ほどに到着したが、会場の駐車場はほぼ満車にちかい状態だった。車を停めて屋外の展示場の最も目に着く場所に置かれていた一台が、ちょうど探していた車種と色の車で、「これいいじゃん」と話をしていたら、すぐに担当者が近寄ってきた。車の説明をしらばらくしてもらい、他の車も見せてもらったが、やはりその車が最も理想に近いものだった。屋内の会場にも車が展示されていたが、結局それらを見ることなく、到着後30分ほどで、その車の購入を決意することとなった。


「いつもお世話になっている担当者から買わなくていいんですか?」と聞かれたが、「別に…」と対応していたが、「同じ販売店でも、義理をとおす必要があるので…」、と結局いつもお世話になっている担当者に連絡がいき、店舗から会場まで飛んできた。「新車ばかりおすすめしてすみません」と言っていたが、誰から買おうが買うまいが、我が家には関係のないことだったので、「お昼ご飯はどこで食べるか?」ということを検討しながら、書類関係の契約を済ませる。


相方が「近くのそばチェーン店」を候補に挙げたので、そこで昼食。月末には納車となるので、10年以上我が家の足を支え、20万㌔を超えたブルーのフィットとは残り半月の付き合いである。

2025年6月1日日曜日

炭開き

初夏らしい週末となった土曜日。畑に植えたキュウリやナス、ピーマンは順調に育っているが、ゴーヤの一本とスナップエンドウのいくつかが寒さに負けてしまったかもしれない。2年落ちの種を植えた枝豆は全く芽がでる気配はなし。


車検のために車をディーラーに預けに出かけ、その足でポロシャツを買うためにユニクロに赴く。今夏はニットポロを買ってみる。その後は近くのスーパーロピアへ。 土曜の午前中ということもあり、大いに賑わっていた。野菜やお肉を2カゴ買う。ちゃんぽんのチェーン店で昼食をとって帰宅する。


テレビでサッカー観戦。仙台が雷雨のために試合は1時間中断・再開し、試合が終わったのは17時を過ぎていた。終了間際に同点に追いついた試合だったので、比較的前向きな気持ちで炭をおこし、相方とウッドデッキでバーベキューで夕食。ロピアで買った牛タン、サガリ、チョリソーが美味しかった。


日曜日は車検が終わった車を取りに行き、次の車検を待たずに引退を予定しているフィットの代わりとなる中古車を見繕う。どうしても新車を買わせたいセールスを受けながら、購入したい車を大まかに決める。


大型アウトレット店でハンバーガーのジャンクランチの後、ポロシャツを見てみるが、結局お眼鏡にかなうものは見つからず。扇風機も出し、クーラーの試運転も終え、冬服もしまい、夏に向けての一歩を踏み出した。


韓国は大統領選挙を控え、にぎやかになっている。投票日、大学はお休みになるということだった。

2025年5月25日日曜日

シジュウカラの巣

 土曜日。夜には雨が降る予報だったので、先週耕した畑に作物を植えることとする。農産物直売所で、きゅうり、なす、ピーマン、大葉の苗を購入。ホームセンターでは、スナップエンドウとゴーヤの苗を購入する。例年、ジャガイモを植えていたが、収穫してもあまり食べないので、今年は少量ずつ収穫できる野菜とした。マルチシートをつけ、保温、風除けのビニール袋をかけて、あっという間にお昼になった。庭での作業中、カーポートの屋根裏に巣をつくっているシジュウカラのひな鳥が、近くを飛び回ったりとにぎやかにしていた。パスタを食べて、午後からはドラマ鑑賞の時間となったが、早起きしすぎてすべてのドラマの途中でお昼寝をする。夕方から木の枝を揺さぶるほどの風が吹き、夜半からは雨が降り続いた。Naoは映画を観に行ったようだった。


日曜日、一日中雨が降っていた。カーポートの屋根裏につくっていたシジュウカラの巣も、突風で車の屋根に落っこちてしまっていた。巣を失ったひな鳥たちは、近くを飛び回っていたが、新居に引っ越すことができるのだろうか。ランチに町内の和食店に行って、相方はマグロ定食、自身はチキンカツ定食を食べる。Naoはアイロンを買ったようだった。


2025年5月18日日曜日

まごわやさしい

 5月も半ばを過ぎ、初夏の到来と言った感じの今日この頃。寝巻も半袖短パンに変わったが、時折石油ストーブのサーモスタットが機能して、点火している時もある。土曜日の夕方までは日差しもあり、午前中は庭の草刈りからスタートし、途中から相方と畑起こしを行う。今年は何を植えるかも検討。我が家のシンボルツリーであるゴムの木が成長し、電線と光回線の線に触れてしまうようになったので、外物置に登って、高枝切りばさみで選定も行う。


午後にテレビでサッカー観戦を行い、劇的な逆転勝利をおさめ、Makoから「おいしいご飯をたべてね」と連絡が入ったので、近所のスーパーでお刺身を買い、勝利飯とする。先週、Makoは風邪をひいて熱が出て、はじめて韓国の病院に罹ったようだが、体調は良くなった様子。外作業を半袖で行っていた影響で、腕が日焼けしてヒリヒリに。紫外線も強くなっている。


日曜日、昨夜から降っていた雨も上がり、午前中は畑にキュウリやゴーヤを植えるための支柱づくり。ホームセンターに出かけて不足のネットなども購入する。昼食は、久々に町内のラーメン店へ。公園も親子連れでにぎわっているようだ。ランチ帰りにスーパーにより、夕食の材料を見繕う。スーパーのお弁当売り場に、健康的な食事のバランスのための7つの食材の頭文字として「まごわやさしい」の掲示があったので、そら豆(網焼き)、わかめ(酢の物)、レタス(サラダ)、タコ(酢の物)、しいたけ(ステーキ)のメニューとする。残念ながらゴマとイモ類は断念した。

2025年5月5日月曜日

ハリー・ポッター

7時に起床し、同じような朝食を食べる。3泊した中で、この日の朝食が最も混雑しており、部屋に朝食を持ち帰る人が多かった。4個パックのヨーグルトも食べつくす。連日と同じ時刻の電車に乗り込み、代々木上原のホームでNaoと待ち合わせる。


この日のメインは、TBS赤坂ACTシアターでの舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の鑑賞。TBS周辺は、ハリーポッター好きで溢れていた。開演までの腹ごしらえにと、近くの油そば店で、相方は油そばを初食。舞台は、ハリーポッターをそれほど愛していない我が家でも楽しめるストーリーで、舞台というよりアトラクションを見ているような装置と演出で、3時間40分という長丁場を感じさせない内容だった。とりわけ、タイムターナー(逆転時計)で過去に戻る場面の照明と音響は、臨場感が抜群であった。


最後は、東京駅前を散歩し、駅構内で牛タンを食べ、買いそびれた人形焼を買い、夏休みまでNaoとお別れする。「東京駅のマグネットを探そう」と、駅構内の土産店や羽田空港を探索したが、結局そんなベタなものは売っておらず、予定のない次回に持ち越し。子どもの日だったので、羽田空港で柏餅を購入、20時30分に予定通り離陸した機内で食べた。相方がスケジューリングしたGWの旅行は、舞台を中心に大都会を十分に満喫できるものとなった。

2025年5月4日日曜日

下北沢

7時に起床。朝食ビュッフェでは、昨日はなかった生野菜を発見する。昨日と同時刻の電車で待ち合わせる。「7号車」と言っておいたので、車内でNaoを発見する。今日のランチ会場である、「日本橋 天ぷらめし 金子半之助 日本橋人形町店」へ。


10時開店で、10:30位に到着したが、予約不可の席は8割方埋まっていた。券売機でNaoと一緒に「松」、相方は「梅」を注文。カウンターの座席で、揚げたて天ぷらを食べることができるお店である。座席に座ると黒豆茶が出てきて、カウンターには壺入りのお新香(たくあん、イカ柚、高菜明太)が並んでいる。すぐに、ご飯とアサリの味噌汁がだされ、揚げたての海老、烏賊のかき揚げ、かしわ、舞茸、ししとう、なすなどが提供される。目の前で揚げた天ぷらは、どれもサクサクで美味しく、とりわけ穴子と半熟の卵が秀逸だった。ランチなのでお手頃の値段であり、再訪したくなるお店だった。


食後はお店近くのからくり時計や水天宮を観光。100日のお参りなど大賑わいだった。焼きたての人形焼きでもと、お店を探すが、どの店も祝日休業をしていた。人形町で人形焼きを食べ逃す。Naoは秋葉原で行われるイベントに参加するというので、ここから別行動。相方と下北沢へ移動する。


サブカルの町、下北沢は小田急線の駅を出た時から若者で溢れかえっていた。広場では古着マーケットが開かれており、新品よりも高い値段で売られていた。古本や雑貨のお店などを見学し、駅前をひと回り。猿田彦珈琲でしばし休憩の後は、小劇場の中でも代表的な存在である「スズナリ」へ。今にも倒壊しそうなレトロな建物で、お芝居『逃げろセリヌンティウス』を観る。 「走れメロス」を翻案とした作品で、小劇場ならではというお芝居を堪能する。鑑賞後も、下北沢の町を散歩し、松重豊や甲本ヒロトがバイトしていたというラーメン店「みん亭」も写真に収める。


Naoと新宿での待ち合わせまでまだ時間があったので、少し手前で下車し、代々木から新宿までぶらり散歩。代々木で、代々木派の党本部も行ってみた。夕食は都庁前の居酒屋「やきとり 虜とりこ」へ入り、Naoと待ち合わせ。ザーサイや鶏肉の入ったサラダ、餃子、焼き鳥、 チーズタッカルビなどを注文。遅れて出てきた品々をさばききれず、満腹のまま夜の都庁へ。


予定では、都庁に登って東京の夜景を見る予定だったが、TOKYO Night & Lightというプロジェクションマッピングが上映されており、多くの観光客で賑わっていた。都庁を襲撃するゴジラに立ち向かう「ゴジラ都庁襲撃」、江戸から現代を飛脚が駆け抜ける、「時を駆ける飛脚」など、30分ごとに様々なプラグラムが上映されていた。とりわけ、最初に見た「TYO337」は、歌舞伎をモチーフとした映像と、三三七拍子のリズムにのせた電子音楽が素晴らしく、まさに東京のポップカルチャーを象徴していた素晴らしい作品だった。展望台は長蛇の列ができており、予定のない次回に先送りする。少し早く、21時半にはホテルに戻る。

2025年5月3日土曜日

アラジン

7時に起きて、ホテルの朝食会場へ。3月末に宿泊した東横INN横浜線淵野辺駅南口より、かなり見劣りのする内容だった。大豆からつくられた畑の肉があり、タンパク質は補給。コンビニに行ってヨーグルト用のスプーンを手に入れ、ホテルの部屋で、昨夜に購入したヨーグルトを食べる。予定では、天ぷらランチを食べて、夕方に劇団四季というスケジュールだったが、確認すると、ランチは最も楽しみにしていたアフタヌーンティーであることが判明する。


満員電車で新宿に向かい、駅のホームでNaoと待ち合わせ。池袋へ移動し、11時の開店まで西口公園野外劇場(グローバルリング)のベンチで日向ぼっこ。昨日の大雨とはうって変わり、夏を感じさせる日差しである。憲法記念日ということもあり、下品に「共産党粉砕」を主張する右翼の街宣も騒がしい。


11時、開店と同時にABC canteen ルミネ池袋店へ。フードフロアーの人気店は、開店と同時に列をなしていた。予約していた【カジュアル★アフタヌーンティー】8種のスイーツ&セイボリー+選べるカフェを注文。スイーツはほうじ茶ケーキや苺のロールケーキ、ミニモンブラン、ミニワッフルなど8種。セイボリーではローストビーフなど。それぞれカフェを選び、3段のティーセットを制覇する。どれも美味しくいただいた。


少し早い昼食の後は、賑わう銀座へ移動し、ウィンドウショッピング。築地本願寺でお参りをして、築地の場外市場へ。観光客などで大賑わいの中、列に並んで串に刺した甘い玉子焼き食べる。豆を買おうと商品を眺めていると、次から次へと試食を勧められ、3袋3000円の豆を購入。とてもすべては回り切れず、足も疲れたので星乃珈琲店で休憩。Naoはグラタンも注文して食べていた。夕方の劇団四季まで時間があったので、Naoと相方は珈琲店でお昼寝タイム。自身はスマホでサッカー観戦。


築地から新橋まで20分ほど歩き、電通四季劇場[海]へ。17:30からの公演まで時間があったので、電通ビルの地下で行われていたアドミュージアム東京を見学。「広告の社会的・文化的価値への理解」をテーマとしているものだが、五輪汚職でその理念が薄れて感じる。


1階席の最後方だったが、それほど広い劇場ではないので、十分楽しむことができた。なにより、ジーニーのキャラクターと演技、空飛ぶ絨毯をはじめとする舞台技術、幻想的な照明、ホールニューワールドをはじめとする歌やダンス、どれも近年見た四季の舞台では味わうことのなかったものであり、もう一度見てみたいと思えるお芝居だった。


終了後、夜の新橋から浜松町まで歩いて20分程、ライトアップされた東京タワーを観に行く。ビルに囲まれた東京では、近くに行くまでなかなか東京タワーが発見できなかった。GW限定のライトアップもされており、たくさんの鯉のぼりもきれいに揺れていた。広場で行われていたハイボールガーデンで夕食。東京タワーを見上げながら、キンキンに冷えたハイボール、ソーセージ&ベーコン、アジフライ、ポテトなどの『東京タワーコンボ』は贅沢な夕食となった。遅くの電車だったので、座席に座り、町田のホテルまで戻る。23時着。今日も足はくたくたである。

2025年5月2日金曜日

国会

今日から東京旅行。6時前に自宅を出発して空港へ。インターを降り間違えて、一度空港近くまで行っては、駐車場へ戻るという、今までも繰り返したミスを犯す。「連休中は空港内が混雑するので、早めに手続きを」とのメール連絡があったが、朝早いからかそれほど混雑はしていなかった。出発の20分前には搭乗が案内され、あっという間に東京へ。


気温はさほど北海道とは変わらず、今にも雨が降り出しそうな東京の空。新宿へ移動して、まずはコインロッカーを探してスーツケースを預ける。そして国会見学へ。平日しか開催されていないので、チャンスは今日のみ。一度傍聴のために行ったことがあったが、地下階から階段を登ったり下ったりと、迷路構造だったことを思い出す。


午前中は参議院へ。住所や名前を記載し、参議院衛視による、目視による簡単な荷物検査のみで、簡単に入ることができる。11時からの見学の回で、衛視が10人ぐらいのグループを引き連れて、本会議場、天皇の御休所、赤じゅうたんの中央階段、中央広間、委員会室などを巡り、説明を受ける。全国各地の建築材を使用し、ステンドグラスなどの装飾品も豪華に飾られており、1936年の建築から100年弱が経過しても見劣りのしない建築物である。前庭には各都道府県から贈られた木が植えられており、北海道のアカエゾマツが植えられていた。すべて回って60分、見ごたえがあった。


周辺はランチ場所がないため、地下鉄で一駅、赤坂に移動して赤坂Bizタワーでランチ。どこもお昼時で混んでいたが、比較的空いていたシンガポール海南鶏飯で、チキンライスのハーフ&ハーフと、麺のハーフ&ハーフを選択。美味しく食べる。


午後からは衆議院の見学。この時点で少し雨がパラついてきていた。午前中同様に、衆議院衛視の指示に従い、受付を行う。待合所には小学生の団体が押し寄せており、参議院の見学とは様相が異なる。見学場所はほとんど同じだが、各所は立ち止まることなく、説明もほとんどなく、30分で回り終わってしまった。衛視の話では、国会内の警備や消防、警護などは警察ではなく衛視の仕事であり、三権分立により警察も立入ができないとのことだったが、昨年末の韓国のように軍隊(自衛隊)が突入してきたら、衛視だけでは全く歯が立たないのではと思った。衆議院の見学が終わった段階で、外は予報通り大雨となっていた。


地下鉄で乃木坂まで移動し、国立新美術館へ。ロビーで大学での講義終わりのNaoと待ち合わせる。まもなく少し髪の伸びたNaoがやってきた。お昼ごはんはまだ食べていないというので、地下のカフェテリアで季節のペンネを食べていた。企画展は、「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」が展示されており、建築家やデザイナーによる実験的な住まいの写真、図面、スケッチ、模型などを見る。いずれも、その当時では革新的なものだったのだと想像できる。またそれらのデザインが現在の建築につながっているのも分かった。ただ、この先100年が経過したら、どのように住まいが変化していくのかは、不透明だった。公募展は、「第99回 国展」を見学。絵画や版画・彫刻・工芸などが展示されていたが、とりわけ写真に魅力的な作品が多かった。


夕方になり、新宿へ移動。Naoを待たせてコインロッカーに預けた荷物を取りに行こうとするが、難解迷路のような駅構内、どこに預けたのか、どこに戻ればいいのか、あっという間にわからなくなり、荷物の場所だけは聞いてたどり着いたが、Naoと分かれた場所に戻ることができず、別々の電車で相模大野まで向かう。帰宅ラッシュの満員電車で30分、身も心も擦り減らしてなんとか到着した。


Naoがバイトを始めた創作居酒屋で夕食をと思っていたが、本人が嫌がったので、相模大野駅近くの居酒屋へ。そら豆の炭火焼きが美味しかった。100円ショップとスーパーで買い物をし、Naoのアパートへ。北海道からしょってきた2キロのお米と、カップ焼きそば6個を渡す。22時に町田のホテルへ行き、チェックイン。電子タバコの部屋しか予約できなかったが、禁煙の部屋と大差はなかった。歩き回って、足はくたくただったが、コインランドリーで洗濯を終えて24時に就寝。

2025年4月27日日曜日

中型連休

 大型連休がスタートしたが、今年は飛び石連休で、中型連休といったところ。土曜日の午前中は薪ストーブの灰をかき出し、オイルで磨いてきれいに綺麗に仕上げた。午後からは、連休らしくダラダラと過ごそうということになり、テレビの前に居座って、ゴールデンカムイの連続ドラマの視聴をスタートさせる。


日曜日、午前中は昨日に続き、部屋の掃除を再開。家の中から、窓を反転させて外窓の掃除をするが、思うようには綺麗にならない。やはり、外側からごしごしと擦って洗い流さないといけないようだ。お昼前に都心部へ買い物へ。先週、北海道2店目としてオープンしたロピアへ出かけて、野菜やお惣菜など、連休の食料を仕入れる。その後、大型アウトレット店へ行き、フードコートのお蕎麦で昼食。ついつい靴や服を買う。夕食はロピアで購入した鮭といくらのはらこ飯。


夕食後、テレビを見てウトウトしていた頃、Makoからテレビ電話。定期テストや、一時帰国してコンサートへ行ったりと、忙しく過ごしていたこともあり、体調を崩して喉がガラガラだった。ホームシックも一因だと推測される。夕食のカップ麺を食べるためにお湯を沸かし、韓国のレトルトご飯を温め、ラーメンを食べ、薬を飲んで寝るまで1時間ぐらいのやりとりをする。


Naoは近所の商店街に入っている創作居酒屋でアルバイトを始めた。ホームページで見る限り、アットホームな個人経営の店で、外国人も数人働いているとのこと。しかし、なかなか経営が厳しいらしく「バイト代が払えるかどうか」ということだったが、まずはバイト代を支払われるだけの働きができるかどうかというところだろう。

2025年4月20日日曜日

煙突掃除

 日曜日も雨降りだった。「町内一斉ゴミ拾い」に参加するために、厚着をして朝7時に隣の公園へ。町内の担当者は「ゴミ拾いを行うので、公園に集まってください」と、メガホンで呼び掛けていたが、寒さのせいもあり、例年より集まりは悪かった。担当班の町内を一周し、飲み物をもらってボランティア終了。


午前中は、薪ストーブの煙突掃除を行う。2階に薪ストーブがあり、煙突もそれほど長くはないので、設置してからまだ1度しか掃除をしていなかった。さすがに煙道火災を起こしたら怖いので、数年ぶりに掃除をしてみる。室内側から、伸縮する煙突部分をスライドさせ、ビニール袋を設置して下から掃除ブラシでつつく。が、思ったよりも煤も少なく、この分では6~7年に一度の掃除で事足りる感じであった。もう少し暖かくなったら、灰をかきだして、薪ストーブの掃除もしなければならない。


夕方、Makoからテレビ電話。昼食後に、いつもの片頭痛で寝ていたが、回復したので、これから大学の図書館で勉強しに行くという。来週に定期テストを控えているのだ。昼食はラーメンを作って食べたというが、満足な食事はとれていなさそうで、「アルバイトのまかないのありがたさを感じる」と言っていた。Naoも3食しっかりと食べてはいなさそうだ。この年になると、健康と栄養的な観点から食事をとるが、若いうちはお腹がすいたら、好きなものを食べる、そんな感じだろう。

2025年4月19日土曜日

催花雨

桜や梅の開花を促す雨を『催花雨(さいかう)』というのだと、夕方のローカルニュースで報道していた。素敵な響きの言葉だ。週末に降った雨はまさにそんな雨だった。

金曜の新聞の文化欄に映画情報が掲載されていたこともあり、「土曜日は映画を観に行こう」ということになった。準備をして都心部へ出かける。駐車場に車を停め、まずは街中の商店街でランチ場所を探す。まだ開店前の店舗に行列ができているところもあった。いろいろな店がありすぎるので、選択に迷うところだが、先ほど行列ができていた寿司店の、店舗前に掲示されていたメニューを見てみる。寿司のランチとしては、リーズナブルである。「ここにしよう」と、お昼は寿司とする。

松竹梅のランチセットがあり、握り8巻ほどの竹をセレクト。茶碗蒸しと小さなお蕎麦もついて、食後のコーヒーもついて、1200円を切る値段である。お客さんも次から次へと入ってきていた。小さめのシャリだったが、どれも及第点のお寿司で、満足。見る映画は決めていたが、「これも見たい」と、相方が別の映画を紹介してきたので、「じゃあ、両方みよう」ということになり、映画のはしごをすることにする。

食後に映画館に行き、「これとこれを、続けてみたい」旨を伝えてチケットを購入。その際「お2人の内、どちらかが50歳を超えていれば、お2人ともシニアの割引料金になります」と伝えられる。普通料金は一人1800円だが、シニア割引だと、一人1300円となる。うれしいことだが、チケット購入後に「シニア料金で見る世代となったのか…」と、相方としみじみ感じいる。

1本目の映画は、『SING SINGシンシン 』。ニューヨークで最も厳重なセキュリティとされるシンシン刑務所で、更生プログラムとして行われている舞台演劇を題材に、無実の罪で収監された男と収監者たちを描いた実話であった。実際の元収監者も出演していた。自由の身になった役を演じていくことで、それぞれが希望を見出していく、そんなテーマだが、実話であるとしたら重い内容だった。

はしごした2本目は、『リアル・ペイン~心の旅~』。疎遠となっていた従兄弟同士が、数年ぶりに再会し、亡くなった祖母を偲んで、ポーランドでのナチスの迫害について学ぶツアーに参加するという物語。ツアーの参加者が、互いに「生きづらさ」と向き合い、成長していくという内容だが、ホロコーストという重い内容を扱っているが、ユーモアと魅力にあふれる映画だった。

この映画館は、市民出資型のミニシアターで、商業映画ではなく、他の映画館では上映されないエッジの効いた作品を上映している。30周年の記念として、過去の上映作品一覧が掲示されていたが、大学生の頃、自転車で通いつめ、寺山修司の映画に見入っていた頃を思い出した。

帰り道、大型ショッピングセンターに寄り、夕食の食材を購入。メニューは春の山菜のアヒージョとした。