2011年3月31日木曜日

退所

今年度も今日で終了。Makoの保育所退所の日。保育所ではお別れ会が開かれた。夕方、Makoの最後のお迎えに行くと、すぐに帰る準備を整え、大好きだった先生の所に駆け寄っていき「せんせい、いままでどうもありがとう」と述べていた。「笑顔でさよならしようねっていったのにね」と言いながら、先生はぽろぽろと涙を流して、Makoを抱っこしてくれた。

夕食の準備をしていたら、Makoが「今日はお祝いだね」と言ったので、Makoの大好きな唐揚げなどを一生懸命につくる。夕食前にチビたち2人が食卓前に立って挨拶。Makoは「おとうさん、おかあさん。ひよこさんの時から、保育所に送ってくれてどうもありがとう。Makoはこんなにおおきくなりました。小学校に入っても、一所懸命がんばります。」と挨拶。不意打ちのしっかりとした言葉に、思わず涙が流れるところだった。Naoも「ゆりさん(年長さん)がいなくなってさみしいけれど、がんばります。」とふざけずに決意を述べていた。チビたちの成長ぶりには圧倒されてしまう。

2011年3月27日日曜日

春の雪

日曜日の朝。一人早起きしていたMakoが、勉強机に向かっていたので何をしているのか覗いてみると、昨日買ってもらった鉛筆削りで、自分の持っている鉛筆や色鉛筆をガリガリと削っていた。午前中は昨日に引き続き、再び通学練習。今日は「先回りして車で待っているからね」と一人Makoを送り出す。昨日購入した防犯ブザーをランドセルに着け、緊張した面持ちで一人出発。先回りとは言いつつ、車ですぐ後を追い、一本横の道路からMakoを確認しながら進む。一人なので昨日よりも足早に進むMako。一心不乱に進んでいくという感じで、15分ほどで小学校に着いてしまった。心細くて早足になっていた感じ。これで一人での通学は大丈夫だろう。

昼食を食べてから、Naoはやはりお昼寝。Makoはお母さんと一緒におやこ劇場の遊び会に出かけていった。3時前にNaoがトコトコ起き出してきたので、あめ玉を与える。モグモグ食べながら「お父さん、まちがい探しやろう」と本を持ってきたので一緒にやるが、Naoはいつでも全部探しきれずに途中で諦めて次のページに行こうとする。そのうち飽きて積み木を持ってきた。一緒にやって飽きてきた頃突如として「お父さん、お母さんとお姉ちゃんは?」と聞いてきた。Naoが起きてから1時間近く経っていた。「2人きりだったらさみし-なー」と言っていた。この時期には珍しく結構な雪が降っていた一日だった。

2011年3月26日土曜日

通学練習

土曜日の朝を久々公宅でむかえ、全員しっかりと寝坊する。朝食時に「これから別宅に行きたい人!」とのアンケートをとると、Naoしか手を挙げなかったので、今週末はのんびり過ごすことに。来月に小学校入学を控えているMakoの通学練習を実施することになった。お昼前、身支度を調えてランドセルを背負い、買ったばかりの黄色い長靴を履いていざ出発。数十メートル後からNaoと一緒に3人でつけていく。

家から学校までは850メートル。家の前の交差点を右折し、少し進んで左折した後は、学校までまっすぐ。スクールゾーンなので、危険な交差点もなく、学校前の二車線の大きな道には歩道橋が架けられている。最初は数十メートルおきに停まりながら後ろを振り返り、後ろから付いてきてくれているかを確認しながら進んでいくMako。交差点では遙か遠くから来ている車にも反応し、渡るのにも時間がかかっていた。歩道橋を渡って、小学校の生徒玄関前までたどり着くのに20分。褒められるとMakoは照れながら喜んでいた。

小学校から、放課後お世話になる学童保育所までは200メートルほど。同級生やお兄さん、お姉さんたちと一緒に行くことになると思うが、一応練習のためにテクテク歩いて4分ほどで到着。再び小学校まで戻り、帰り道も練習のために歩いてみる。行きよりも後ろを振り返る回数は減り、18分で家に到着。だいぶん自信もついてきたようだ。

お昼ご飯を食べ、まだ体調がすぐれないNaoはたっぷりとお昼寝。夕方前にショッピングセンターへ買い物へ出かけ、Makoの入学用品買い物の仕上げ。赤鉛筆やハンカチ、通学靴、名前用アイロンシールなどを購入。これで、デパートで入手した「入学準備品チェックリスト」でチェックが付いていないのは、体操着のみとなった。来週別宅に行く途中で、従兄が勤めているスポーツ用品店で購入予定。準備が整ってきた。

2011年3月25日金曜日

学童保育

夕方、チビたちを連れてMakoが4月からお世話になる学童保育所の説明会に出かける。1980年にこの街で最初に作られた学童保育で民営の施設。運営委員会が組織され、自治体からの補助金を受け運営されている。どうれんきょう(北海道学童保育連絡協議会)に所属しているということで、残念ながら説明の節々で我々と同じにおいを感じる。所長も地区労連の代表を務めている、以前からお世話になっている方だった。色々な意味で一安心。チビたちもお姉さんたちに面倒を見てもらいながら、楽しく遊んで過ごしていた。

その後保育所の役員をつとめている関係で、保育所の送別会に参加。Makoは6年間この保育所にお世話になっており、今回異動する先生方の多くが長年Makoを見てもらってくれた先生方ばかり。Naoの担任だった先生も結婚退職してしまう。ただ、よくしていただいている所長さんはそのまま残るということなので一安心である。見たことはあるが名前の知らない先生、見たこともない先生など25人ほどの職員と役員数名が参加していたが、女の職場の大変さを実感。

2011年3月21日月曜日

トムとジェリー

Makoの体調を様子見しながら、おばあちゃんの家から別宅へ帰る。途中、ホクレンが経営している、食と農を中心とする複合交流施設に寄る。昼食をと思ったが、1時間以上待つということだったので、断念。後日の再チャレンジとなった。別宅へ帰りMakoの要望どおりの「ほうれん草の入った温かい素麺」を食べる。「おばあちゃんが、前に作ってくれた」と、ほうれん草の部分を一歩も引かない姿勢を貫き通していた。夕食もMakoの好きなうどんの入ったお鍋。

翌日、午前中はずっとベッドに横になっていたMako。Makoがいないと手持ちぶさたでそこらをうろつくことしかできないNao。暇になると「おなかがすいた」「おやつ食べたい」しか言葉を発しない。昼食を食べてから公宅へ戻る途中、Naoは借りてきた「トムとジェリー」のDVDを見ながらずっと笑っていた。「MakoはいつもNaoに意地悪するからトムで、Naoはチビだからジェリーだね。」と言うと、いつも怒り出すMakoだった。夜にはNaoも発熱。季節の変わり目である。

2011年3月19日土曜日

入学準備品

三連休の初日。本日の大きな目的はMakoの入学準備品の購入。別宅を午前中に出発して、高速道路を使って早くに都市部に突入。まずは駅前で行われた震災のチャリティー募金会場へ。その後は買い物。小学校は徒歩で通学しなければならないので、まずは傘と雨カッパを買う。ランドセルを背負ったまま着ることができるカッパも売っていた。その後はショッピングモールへ移動し、長靴を買う。雨対策用具はすべて黄色で揃えていた。

ハンバーガーの昼食をとり、その後は学校で履く上靴を探す。何軒かお店を見たが、良い品が見つからずに諦めかけようとしたとき、スポーツ用品店で軽くて通気性の良さそうな靴を発見。これで一通りの入学準備品が揃った。「早くおばあちゃんの家に行きたい」との抗議が激しくなってきたので買い物は終了。おばあちゃんの家の近くにあるカーディーラーに寄り、修理を依頼していた車のカギを受け取る。Makoに「ここから歩いておばあちゃんの家に行ってみる?」と誘うが、さすがのMakoもビビッて断念していた。

夕食はチビたちの従姉妹と一緒に近くのお寿司屋さんへ。回らないお寿司を食べるのは出前寿司以外は初のチビたちである。待ち時間が長く、ハラペコになったMakoは納豆巻きをアホ食い。Naoは従弟の赤ちゃんの周りでお兄さんぶりながら遊んでいた。夜中にMakoが発熱、おう吐。

2011年3月17日木曜日

検診

Naoの眼科、本日は定期検診の日。15時過ぎに保育所へ迎えに行くと、ちょうどおやつの時間。今日のおやつはコーンフレイク。家では出されてもあまり積極的には食べていないが、ワシワシとかき込むように食べていた。市立病院へ。

目の検査は新しい器材が導入されており、「C」の字でおなじみのランドルト視力表や今まではカードで行っていた車や飛行機の視力表がデジタル表示になっていた。色々といつもの検査を一通り行い、矯正視力で右が0.6、左が0.4といつもと同じぐらいの結果であった。また2ヶ月後に検診である。その後、Naoと一緒にDVDのレンタルショップへ出かけて、トムとジェリーのDVDを借りる。

2011年3月16日水曜日

修了式

とうとうMakoの修了式の日がやってきた。寂しい、の一言。Makoが成長するにつれ、なんだか寂しさが募ってくる昨今である。夜中の2時過ぎに「眠れない」と起きてきたMako。やっぱりMakoも緊張していた。いつもより登所時間が遅いので、みんなでお寝坊し、朝食をとり、入学式用に買った一張羅を着込み保育所へ出発。小雨交じりの雪が降っていた。

式が始まり、Makoは名前を呼ばれるとしっかりとした姿勢でお辞儀をして入場してきた。修了証書授与では、担任だった大好きな先生に「色々なことを知っていて、話をよく聞いて行動できるMakoさんは、みんなの見本でしたね。色々なことに興味があり、楽しいことは目をキラキラさせて楽しんでいたMakoさんの顔は忘れられません。また、悲しんでいる友だちがいたら、自分のことのように寄り添って慰める優しい一面もありました。学校へ行っても困っている人に声をかけられる、優しいMakoさんでいてくださいね。ご修了おめでとう。」と言葉を頂いた。4年間もの間、本当にしっかりとMakoを見ていただいていた。丸ごと感謝。お別れの言葉も、修了児の歌も、ずっしりと心の奥に響くものだった。式の後は、大好きなお友達や先生と記念撮影。

Naoも一緒にみんなで昼食。「Makoの好きなもの食べようね」と言ったとたんに、Naoが「うどん食べたい」との一点張り。かわいいチビすけである。昼食後に、予約していた写真屋さんへ。入学記念の写真撮影を行う。おじいちゃんに買ってもらったピンクのランドセルを背負いながら2時間強の撮影に耐え、ゲンなりしながらもなんとか写真を撮り終える。疲れたので、みんなでアイスを食べてから帰宅。

最近「お父さん、お風呂で身体と髪の毛洗ってね」と以前より甘えることが多くなってきた。新しいチャレンジへの不安も抱えつつ、Makoは喜びの4月を迎える。

2011年3月14日月曜日

夜尿症

朝、チビたち2人は検尿。それを病院に持って行く。お昼過ぎに保育所へ迎えに行く。チビたちはぐっすりとお昼寝していた。2人を引き連れて再び病院へ。尿検査の結果は2人とも異常なく、腎臓の働きにも異常は見られないとのこと。

とりあえずMakoは1学期が終了するまで様子を見て、同じような状況が続くようであれば、再び検査を行い訓練等の方策を講じていくとのこと。医者から提示された資料もインターネットの資料のコピーで、あまり詳しくは分かっていないようだったが、まぁ様子見とのことだった。Naoは就学前までまだ時間があるので、夜尿症ではなくおねしょの対象。同じく様子見である。

2011年3月13日日曜日

週末

金曜日。保育所に迎えに行くと、先生が「Makoちゃん、地震のニュースを聞いて、東京にいるお友だち大丈夫か心配になって、少しウルウルしていましたよ。」と言ってきた。一度だけしか会ったことのないハトコのことが心配だったようで、その後のニュースなどでも敏感に反応していた。Naoは「服がビリビリになって大変だね」と言っていた。ニュースを見ながら別宅へ移動。

土曜日は別宅の掃除などを行い、両親はそれぞれ美容室へ出かけ、チビたちは図書館で本を借り、それを読み、スーパーで買い物をして、それを食べと忙しくなく過ごす。インターネットで購入した蜜蝋ワックスを、食卓机やローテーブル、勉強机などに塗りまくる。つやが出て肌触りもよくなった。

日曜日。一階トイレ横の洗面器の排水部分から水漏れが確認されたので、すぐに業者に電話。地元の下請けの設備屋さんがすぐに来て修理をしてくれた。お風呂の排水音が気になるので併せて修理を依頼したが、最新設備のユニットバスのためにメーカーに確認してから対応するとのこととなった。お昼前におじさんが遊びに来て、一緒に昼食を食べる。

2011年3月8日火曜日

号泣

保育所から帰ってきて、Naoと一緒に3人でお風呂に入っていたMako。突然湯船の中で、お風呂に顔を埋めてシクシク泣き出した。Naoも「お姉ちゃん、どうしたの?」と心配そう。泣いている理由を問いただすと「○○君と、保育所お別れするのが淋しい」「Naoとも一緒に遊べなくなる」と3月の別れを寂しがっていた。いかにもMakoらしい。「○○君のお家に遊びに行こうね」「小学校でたくさんお友達つくろうね」とお話したが、お風呂の中でしばらく抱っこされたまま泣いていた。

夕食後はMakoの学習机で、チビ2人がホットビーズ作り。Makoは見本に倣ってプーさんを作っていた。右手でも左手でもビーズを扱えるので、作業は素早い。Naoは独創的なデザインを作っていたが、色の使い方やデザインに規則性があり成長が伺える。

2011年3月6日日曜日

ワーイワニワニ

土曜日は同僚と山スキーに出かけたため、チビたちはおばあちゃんの家へお泊まり。日曜日の朝は久しぶりに寝坊をすることができた。お昼過ぎにチビたちが帰宅。おやこ劇場の例会の日のため、すぐにまたお出かけ。

劇団風の子北海道による『ワーイワニワニ』というお芝居を観る。ひとりで留守番をしている男の子が、夢の中でワニと一緒に冒険に出かけ、様々な動物達に出会うお話。ストーリーをあまり深く考えなければ、ダンスやマジックがあったり、大道具や小道具に工夫があったりと賑やかな内容。チビたちは飽きることなく笑いながら鑑賞していた。同じ保育所のNaoと同じクラスの女の子も、この日からおやこ劇場に入会していた。

2011年3月4日金曜日

ラジオ

この地域のコミュニティーFMに「子どもたちが交通安全を呼びかける」というコーナーがある。現在は来年小学校に入学する地域の幼稚園、保育所の子どもたちが対象となっており、Makoの保育所にも依頼が来た。ほぼ全員が出演に承諾し、一週間ほど前に録音も済んでいる。現在、毎日4〜5人の子どもたちがそのコーナーに出演しており、Makoの保育所の子どもたちも2人ずつ出演している。そして今日はとうとうMakoの日。「あまり大きな声でしゃべれなかった」と録音した後にMakoは言っていた。

我が家には地域FMを受信できラジオがないため、職場に出勤してセッティング済みのラジオをつける。録音の準備もしてコーナーが始まる7:45をドキドキしながら待った。「○○保育所のMakoです。4月から1年生になります。車に気をつけます。皆さんいってらっしゃーい。」と明るい声で放送されていた。出演する子どもたち全員が同じ台詞を言うので、親以外が聞いても大して面白くもないコーナーだが、公共の電波にのったMakoのお姉さん声はよき思い出となった。

2011年3月3日木曜日

カップ寿司

今日はひな祭り。チビたちの保育所でひな祭り会が行われ、事前に2人ともひな人形の飾り物を作成。どちらのおひな様、お内裏様の顔にも、アンパンマンのようなホッペタが描かれている。給食は五目ご飯と雛あられということで、「ちらし寿司と桜餅は家で」というメッセージが伝わってくる。保育所の帰りにスーパーにより、ちらし寿司の具材を購入。Makoは「桜餅は甘いから嫌い。緑のやつがいい」とうぐいす餅だけ入っているパッケージを選んでいた。

帰宅して入浴後、チビたちとちらし寿司作り。既製品のちらし寿司の素をご飯に混ぜ合わせ、Makoが小さなカップにご飯をよそう。Naoがそれを大きなお皿に並べ、その上に桜でんぶと錦糸卵、とびっこをのせ、お好みでエビやスモークサーモン、菜の花などをのせていく。Naoがその上からごまとのりを振りかけて完成。小さなカップ20個ほどのカップ寿司が完成。

夕食の前に、2人でソファーに立ち「うれしいひな祭り」の歌を4番まで歌う。甘い桜でんぶと苦手な錦糸卵がのっていたせいか、Makoはイカリングばかりを食べていた。Naoは菜の花の和え物を「にがい」と吐き出していたが、食後の桜餅とうぐいす餅はしっかり食べていた。Makoは自分で選んだうぐいす餅も一口で断念していた。