2025年3月31日月曜日

黄金時代

引越しの最終日。午前中は町田の駅ナカで内祝いの品を選ぶ。結局のところ、北海道に勝るお菓子はないのだが、地元の銘菓を選んで発送してもらう。Naoと一緒に相模大野の駅で昼食をと思ったが、どの店もよくあるチェーン店ばかりで、結局Naoが選んだ商店街のカフェに行く。Naoはバターチキンカレーを選んでいたが、運ばれてきたカレーを見て「ちいさ」とつぶやき、2分も経たないうちに食べきっていた。それでもフランスパンを使ったカリふわのフレンチトーストを美味しく食べていた。


アパートから徒歩5分程のところに市役所があり、転入の手続きを行うために向かうが、3時間待ちということで、いったん戻って出直すことに。その間、冷蔵庫や洗濯機が無事に届き、セッティングを終えて、あわただしい中、引越し作業が無事完了した。


「そろそろバスの時間だから帰るね」と相方が言うと、Naoは「ん」と答える。「また、連休に来るから、それまでは部屋をきれいにしておくように」と告げると、「5月の頭に来るんだね」と言う。「じゃあね」と、玄関先で別れる際、こちらを見てメガネの奥からチラリと視線をおくる。いつも、少し照れた時にする仕草で、小学校の頃に学校に行くとき、家から公園の端まで見送った際に、いつも見せていたあの顔だった。身体は少しは大きくなったが、見せる表情は相変わらず小さなNaoのままだった。商店街の通りから見える大きな公園には、寒空の中、満開の桜が風に揺れていた。


空港のラウンジでコーヒーを飲みながら、相方は「寂しくて泣きそうだね」と言う。「そうだね」と返す。上空の機内からは、雲海に沈む夕日が切ないほど綺麗だった。


Naoも家を出ていった。チビたちがそれなりに成長し、それぞれの道をすすんでいくのだろう。そしてこれからまた、相方との2人だけの生活が始まる。


2004年にMakoが生まれ、2006年にNaoが生まれ、それからは生き急ぐように走り抜けた毎日だった。チビたちが中学校に上がるまでは、休みの日は連れ立って出かけては、少しでも一緒の時間を過ごし、共にいろいろな経験を積むということに必死だった。チビたちが中学校に上がり、部活動などで忙しくなった中でも、例えば休みの日にご飯を食べに出かけたり、サッカーの観戦に行ったり、また夏休みや冬休みに予定をたてて遠出したり、そんなことが当たり前だった生活が、また変わろうとしている。


最近よく、思い出すことがある。2000年に結婚してMakoが生まれるまでの4年間のことだ。相方と2人、海岸沿いの田舎町に住んでいた。冬は地吹雪がひどく、どこに出かけるのにも時間がかかり、かび臭く狭い住宅だったが、慎ましくも心豊かに過ごしていた。夏の砂浜や、桜が咲く公園にお弁当をもって出かけたり、車にキャンプ道具を積んで旅行したり、賃金支給日には少し贅沢をしたり、週末に近所の温泉に出かけたり。なんだか幸せな日々だったのではないかと振り返る。


Makoが生まれ、Naoが生まれ、それから今日までの時間は、自分たちの人生の中で、まぎれもない黄金時代だった。それはもう二度と訪れない時間で、これから切なく思い出すことになる時間で、これからも生きていくための礎となる時間でもある。20年という月日が流れ、それなりに年老いたのかもしれないが、でも気力も体力も、それほど衰えたという自覚もない。


子どもたちの巣だった自宅は、ガランと広く感じた。あまりに静かで、部屋の隅の深くに吸い込まれそうにもなる。


風が強く吹いているが、雪はすっかりと融けてしまった。畑の土が顔を出し、ツツジやライラックも芽吹いてきた。タイヤも交換しないといけないし、ウッドデッキの防雪ネットも外さないといけないし、暑くなる前には窓枠のペンキ塗りも行わないといけない。春を迎える準備が待っている。


隣の公園の桜は、今年は早く咲きそうだ。連休には、ウッドデッキでバーベキューコンロを囲み、2人でお花見も悪くない。


子どもは 「谷川俊太郎」

子どもはなおもひとつの希望
このような屈託の時代にあっても


子どもはなおもひとつの喜び
あらゆる恐怖のただなかにさえ


子どもはなおもひとりの天使
いかなる神をも信ぜぬままに


子どもはなおも私たちの理由
生きる理由死を賭す理由


子どもはなおもひとりの子ども
石の腕の中ですら

2025年3月30日日曜日

自転車

 朝食では、昨日食べたあんぱんを期待していたが、違う種類に変わっていた。日曜日なので朝食会場は激込みで空席がなく、朝食セットを持って部屋で食べる。 昨日食べたあんぱんを期待していたが、違う種類に変わっていた。それでも手作りっぽい玉子サンドが美味しかった。大盛キャベツとわかめのサラダをもりもり食べる。いつも食べているヨーグルトがあれば最高なのだが、無料の朝食なので文句はない。


8時前、ホテルから歩いて15分ほどのところにあるレンタカー店へ向かう。昨日よりも肌寒く、冬に逆戻りしているようだ。ガソリンスタンドがレンタカー業務も代理で行っている感じで、最近は多用しているニコニコレンタカーで、ヴィッツを借りる。Naoのアパートまで20分程、本州特有の狭い道をすすむ。アパート近くに民医連系列の病院があり、日曜は休診日ということで、そこの駐車場に車を停める。


昨日、100円ショップで買いこんだ道具で、キッチン下や洗面台下などに棚を作り、10時の開店に合わせてリサイクルショップに向かう。カラーボックステレビ台、ハンガーラック、扇風機を買って5000円ほど。ヴィッツに積み込めなければ無料貸し出しの軽トラックを借りようと思っていたが、ハンガーラックを解体してなんとか積み込みに成功した。


リサイクルショップの近くに、どうしても行きたいと思っていたロピアに向かう。地元神奈川発祥の急成長スーパーで、北海道でも1・2号店がオープンしたばかりだが、常に長蛇の列ができているようだ。地元でも駐車場は満車に近く、店内は大混雑の盛況ぶりだ。特にお肉が安く種類も豊富。昼食用のピザと、デザート用のスイートポテト、Naoの朝食パンなどを購入。ここでもイチゴが安く、大粒のあまおうが北海道の半額か1/3ほどの値段で、ひとパック買う。


アパートに戻って昼食を食べ、午後からも車で買い物。まずは大学近くまで行き、車で大学を一周。校門で、桜をバックに写真撮影。附属病院と同じ敷地で、どの建物も立派だ。自転車店をはしごし、身長制限で品数が限られた中、ピンク色の自転車を4万円で購入。次は大型ディスカウントストアに出かけ、チューナーレステレビを2万円で購入。大型の買い物はこれで終わりである。


大学生活と同時にスタートするバイト生活。どこでバイトするかで迷っている中、候補のひとつであるスーパー銭湯、「お風呂の王様」に行ってみる。Naoは買ったばかりの自転車で向かう。渋滞の中、車で20分程。Naoと同時に到着した。男子の更衣室に入ると、いきなりお相撲さんが2人いて驚いた。どの浴槽もイモ洗い状態、テレビのニュース映像で見る、山猿がひしめき合って露天風呂に入っている感じの激込み状態だった。隙間を見つけて湯につかり、蒸気サウナなどにも入り、身体を温める。レストランでNaoは明太うどんを注文して夕食とする。「温泉やサウナに無料で入れるから」という理由でここを候補に挙げていたが、どう決断するかは悩んでいた。


温泉でNaoと別れて、レンタカーを返却。帰り道、業務スーパーに立ち寄って朝食用のヨーグルトを購入。ここでもイチゴが安かったのでひとパック買う。3日連続のイチゴ購入である。

2025年3月29日土曜日

JAXA

 ホテルは、JR淵野辺駅から徒歩5分。朝食で出てきたあんぱんが程よい甘さで美味しかった。無料の朝食だが、サラダや和食用のおかず、コーヒーなど十分な品ぞろえだった。


昨日、淵野辺駅で降りると、小惑星探査機「はやぶさ」の故郷として有名な町だということが判明した。駅から歩いて20分ほどのところに、JAXAの相模原キャンパスがあり、敷地内には無料で公開している宇宙科学探査交流棟があることが判明。午前中は時間があったので、Naoも一緒に見学に出かけることにする。10時前に駅で待ち合わせると、コンビニで買ったパンをかじってNaoが現れた。「車の音がうるさかった」というのが一晩寝た感想だった。アパートの近くに消防署もあるので、緊急車両の通過も多そうだ。あいにくの雨の中、バスに乗ってJAXAに向かう。


宇宙科学探査交流棟には、ロケット関係の展示が充実しており、とりわけ2020年に小惑星リュウグウからのサンプルリターンに成功した「はやぶさ2」に関する展示が充実していた。館内の大きな壁をスクリーンにした「壁面シアター」や、係員の解説による「展示解説ツアー」は無料とは思えないほどの充実さで、思いがけずしっかりと宇宙を学ぶことができた。


雨が降る寒い中、頑張って駅まで歩き、町田駅まで電車で移動して駅ナカの和食の店で昼食。洗濯用につっぱり棒を買い、スーパーで夕食の総菜を買ってアパートへ。ただ、手違いで予定していた洗濯機、冷蔵庫、電子レンジの荷物を受け取ることができず、午後の時間を棒に振る。ご飯を炊いて買ってきた揚げ出し豆腐やチキンカツなどの惣菜などを食べ、相模大野のセリアで棚の整理に使う買い物をして2日目が終了した。



2025年3月28日金曜日

引越し

 いよいよNaoの引越しの日。ここ数日は進路が決まった友達が泊りに来たり、遠出してグランピングに出かけたりと思い出作りに勤しんでいた。昨晩はNaoの好きなしゃぶしゃぶで最後の晩餐。


出発の朝。早起きをして朝食をとり、再度荷物などの確認をし、8時に空港へ向け出発。年度末で空港はいつも以上に混んでいた。大きなスーツケース、背負ってきた大きなリュック等を預ける。飛行機のチケットを取った際に、Naoとは違う航空会社のチケットを取ったので別便かと思っていたが、共同運航便で結局は同じ飛行機だった。羽田空港は気温20度を超え、すでに初夏の様子だった。空港からNaoの住む最寄りの相模大野駅までは、高速バスで1時間強。運転手は「年度末なので高速道路の渋滞が予想されるので到着が遅れる見込み」と言っていたが、予定通りの時間に到着した。駅からアパートまでは歩いて15分程。大きな荷物をガラガラと引っ張り新居に向かう。到着すると、すでにガス屋さんが待機をしていた。給湯の手続きと説明を受ける。


お昼を過ぎた時間になったので、まずは歩いて5分ほどの近所のスーパーに向かう。一通りの品ぞろえで、使い勝手の良いお店。ゴミ袋の事を聞いても、店員のおばさんは丁寧に教えてくれた。唐揚げや納豆巻、サラダ、サバ巻きなどを買う。テーブルがないので、ピクニックスタイルで昼食。その後、荷物を片付け、Wi-Fiルーターが届き、布団とテーブルが届き、服や食器を詰めた荷物が届き、光回線の工事が行われ、あっという間に夕方となった。Wi-Fiがつながり、布団もあるので、最低限の生活はできるようになった。


相方と泊まるホテルは、電車を乗り継いで30分程のところ。まずは相模大野駅まで3人で向かう。どの家にも窓シャッターが付いているのが特徴的だった。防音、防犯などの効果があるとのことだが、北海道の住宅では見られない特徴だ。来た時とは別ルートで駅に向かうと、商店街を突っ切っていくのが最も近いということが判明した。理髪店やおもちゃ屋、文具店、豆屋、喫茶店などが並ぶ、雰囲気のよい商店街を眺めながらだと、あっという間に駅に着いた。相模大野駅付近を散策して、夕食場所を探す。和食店や居酒屋は満席で予約客の実の対応、比較的空いていた中華料理店で、麻婆豆腐や青梗菜の炒め物、酸辣湯スープなどを食べる。帰りに寄った駅ナカのスーパーでは、いちごが安かったので、ホテルで食べるためにひとパック買う。Naoは駅周辺を見て回るというので、駅で別れた。一人暮らしスタートである。

2025年3月20日木曜日

散髪

 三寒四温、暖かな小春日和が続いたと思ったら、急に吹雪になったり。そんな日が続いている。今年は小雪だったために、家の周りやウッドデッキの雪も大方は融けてしまっている。先週の日曜日、Makoの引き揚げてきた荷物を整理しながら、そのなかからNaoが持っていく荷物をまとめて段ボールなどに詰めた。家電などは量販店から直接送られるし、布団も先日Naoとインテリア店で購入して直接送ってもらう手続きをとった。これで、最低限の生活を送っていけるはずである。


夕方、Naoの髪の毛を切る。18歳になった今まで、ずっと散髪を続けてきた。夏は開放的なウッドデッキで、冬は内物置で電気ストーブをつけて。1年間に20回だとしても、360回散髪したことになる。バリカンは2回買い替え、バリカンの充電池も2回入れ替えた。基本的には「いつもと同じでいい」というので、小学生、中学生のころはソフトモヒカン、高校に入ってからは2ブロックの髪型を続けてきた。4月からは生まれて初めて理美容室で髪を切ることになるのだろう。うまく髪型のリクエストをすることができるのか、そんな心配がつきまとう。先月、帰省したMakoが「前髪を整えて」というので、久々に散髪した。Naoも帰省時には髪の毛を切らせてくれるかな。

2025年3月1日土曜日

卒業式

 Naoの高校卒業式である。そういえば、入学式は相方が仕事で行けなかったので、自身一人が車に乗っけて高校に向かったことを思い出す。途中のコンビニに寄った際、Naoがそれなりに緊張していたことが思い出される。あれから早3年、友達とサッカーをやって過ごした3年間だった。おかげで、休みの日には試合を応援に行ったりと、活躍と成長の姿を見ることができた。また、学校祭などでも学校での姿を見ることができたし、進路の三者面談(父母が乗り込んでの四者面談)では、担任の先生と話す機会もあった。


卒業生の入場から式はスタート。吹奏楽の演奏が素晴らしかった。チビのNaoは、歩いている姿を写真に収めるのはなかなか難しい。校長も式辞も、PTA会長の祝辞も、生徒会長の送辞も、卒業生代表の答辞も、いずれも琴線に触れるものはなく、式自体は淡々とすすんでいった。卒業生の多くは進路がまだ未決定であり、まぁそんなものなのだろう。教室で行われた最後のLHRでは、担任から卒業証書が手渡され、気持ちの見えた卒業セレモニーが行われた。クラスや部活動の面々と記念写真をとりあい、Naoはいつもと同じように友達とじゃれあって過ごしていた。外は天候もよく小春日和、春からは近隣校と合併するため、この校舎はもう使われなくなる。MakoやNaoを送迎するためよく通ったなと、しみじみ感じながら校舎を眺めた。