2024年12月31日火曜日

2024大晦日

 数日間、降雪が続いていて、高速道路も断続的に通行止めとなっていた。おじいちゃんの家で大晦日を迎えるため、昼前に出発し、「途中のどこかで昼食を」と思っていた。高速のパーキングのお店にでも行こうかと思っていたが、高速に乗る直前で入口は封鎖となった。下道で進み、道の駅にも寄るが、年末休業で閉まっていた。年末の昼食難民である。こういう時に頼れるのはチェーン店しかない。結局ガストによってランチとなる。


おじいちゃんの家に到着後、近所の温泉に向かってNaoとサウナに入り汗を流す。すき焼きと年越しそばを食べ、紅白を見てと、穏やかな年末で2024年を締めくくった。

2024年12月30日月曜日

大掃除

 カレンダーに「大掃除」と予定を入れていたので、Makoからは「なんだこの予定」とクレームが入っていたが、この日は予定通りきっちりと大掃除をする。まずは薪ストーブに火を入れ、窓を開け放ち天井のすす払い。Makoは掃除機をかけ、Naoは部屋の片づけ。一通り終わったら雑巾がけに移行し、換気扇の清掃へ。最後はパントリーの整頓でフィニッシュ。予定通りお昼近くに終えることができた。昼食はいつものようにカップ麺で済ます。


昼からは、この日に一気見で放送されていた朝の連続テレビ小説「虎に翼」の総集編を一気見する。前後半合わせて3時間なので、かなり凝縮された総集編となっていたが、評判のよかったドラマのエッセンスだけでも感じることができたのがよかった。Makoは大学の授業で、ジェンダー問題、国際問題、人権問題など様々な分野で触れられていたドラマだったらしい。


夕食は楽しみにしていたカニ三昧。タラバガニはあらかじめ食べやすいようにカットされた商品で、毛ガニは食べやすいように包丁を入れる。そして、汁物はお雑煮。農産物直売所で売られていた杵つきのお餅のクオリティが高かった。今年1年、無事に年末を迎えられたことに感謝してカニと向き合った。

2024年12月26日木曜日

2024クリスマス

 昨日はクリスマス。一応、町内の農産物直売所で予約していたクリスマスセットを受け取りに行く。ビーフシチューやパイ、チキンが付いたもので、小食家族3人には十分なものだった。ミネストローネをつくって小パーティーをする。


「26日に帰省するから、クリスマスやってね」とのMakoの希望があったので、クリスマスパーティーの本番は26日となった。相方はまだ仕事、Naoは自動車学校に通っているので、お昼過ぎに単身空港へ向かう。飛行機は30分ほど遅れて到着した。Makoと空港のラーメン横丁へ向かうがどこも長蛇の列、比較的すいていた旭川ラーメンで遅い昼食。海産物の安いスーパーに寄って、年末に食べるカニをセレクト、中ぐらいの毛ガニ二2杯とタラバガニを購入。二十歳になったMakoと一緒にお酒もセレクト。Makoはビールやチューハイなどを選んでいた。帰宅後は、あらかじめ購入していたチキンのお腹にピラフを詰め込み、オーブンで焼く。本日のディナーのメインディッシュだ。チキンは加熱水蒸気で中までふっくらと熱を通し、最後は表面をカリッと仕上げた。生春巻きの皮に野菜やチキンを挟んでクリスマスを祝った。

2024年12月15日日曜日

餅つき

 木曜日からの局地的な大雪で、住んでいる地域にも大雪警報が発令された。帰宅が早いNaoには玄関前とウッドデッキの除雪を行ってもらう。金曜日は朝から除雪車が大忙しで、5時に起きて30分間除雪に時間がかかった。通勤時、Naoを毎朝駅まで送っているが、「市内の道が狭小」という理由で休校となり、Naoは電車に乗らずに帰宅する。


土曜日。それなりに雪は降る。朝の除雪を終えて薪ストーブで暖をとる。町内の農産物直売所で「大感謝祭」が行われるということで、餅つきの時間の11時に合わせて出発する。すでに4万円で新規購入したという石うすで餅がつかれていた。「お兄ちゃんもやるかい?」とNaoが誘われ、久々の餅つき体験。名寄に住んでいた頃は年末の恒例行事で、どこの集まりでも餅つきは欠かせなかったのが懐かしい。つきたての餅は黄な粉餅として振舞われた。担々麺を昼食として食べ、サツマイモやミカンなどを購入して帰宅する。薪ストーブの上で2時間かけて焼き芋をつくる。ねっとりとした甘い蜜が染み出していた。


日曜日、故障して預けていた車の修理がようやく終わったということで受け取りに出かける。お昼の時間だったので「どこかで昼食を」というと、Naoが「隣町のラーメン」を選んだ。「昨日も担々麺を食べたけど」と言ったが、結局ラーメンを食べる。車の修理には10万円かかってしまった。大型倉庫店で食料や夕食を買い、帰り道、タートルネックを3着買って帰宅する。風邪気味の体調でグズグズ、コンコンという感じだが、仕事は残り1週間と僅かまでたどり着いたので、なんとか乗り切りたいものである。

2024年12月5日木曜日

推薦合格

 Naoの推薦入試の合格発表の日である。昨夜から「少し緊張してる」と言っていたNao。朝食時も「緊張する」と言っていた。13時の発表時には、友達と一緒にスマホの画面を開いて合格を確認したようで、周りも一緒に喜んでくれたとのこと。すぐに家族のグループLINEに合格の知らせが届き、Makoがいち早く喜んでくれた。Makoは7月に実施された愛知の大学のオープンキャンパス、8月に実施された神奈川の大学のオープンキャンパス、共に参加し、大学選定にもアドバイスをしてくれていた。当初、愛知の大学への推薦を第一希望としていたが、結局は神奈川の大学への公募推薦を受け、今回の運びとなった。これで来春からは、なんとか大学生となる。


「合格が決まったらサンマを焼いてやる」と言っていたら、「それは落ちた時のご飯だ」とのことだったので、すき焼きの材料を買って帰宅する。ジュースで乾杯する前に「抱負を述べなさい」と言うと、照れながら「頑張る」とのことだった。なんとか年内に進路を決定してくれたので、このあとの住居探しなども余裕をもって行うことができる。また、1月に退去予定のMakoの引っ越しの際の戦力にもなりそうだ。何はともあれ、自らの進路を切り開いていく一歩を踏み出すことができそうで、一安心といったところ。

2024年12月3日火曜日

故障車

 早朝に出勤しようと車に乗り込みアクセルを踏むと、ガタン、と異音がした。様子見で数百メートル進むも、ガタン、ガタン、と異音は止まない。途中でとまって動かなくなると悲劇なので、ソロソロと引き換えし、駅まで送る予定だったNaoは相方に送迎を頼む。


保険会社のロードサービスは24時間対応なので連絡すると、レッカーの手配をしてくれた。取り急ぎ、職場にどう行くか。途中のJR駅まで相方に送ってもらい、その後はタクシー。いつも始業開始の1時間以上前に職場に着くのがルーティーンなので、始業時間には余裕で間に合った。保険会社から送られてきたメールにレンタカーのことが記載されていたので連絡をとり、職場まで届けてもらう。相方は、車のディーラーに連絡し、レッカー後の修理を依頼してくれた。夕方、レンタカーで帰宅すると、レッカー車がやってきて、故障した車を持って行ってくれた。


数日前、Makoがようやく車の免許を取得できたと連絡があった。車の運転技術に関してはお墨付きをもらった形だが、今回のように車が故障した場合や、保険会社のロードサービスの問題など、運転技術以外の知っておかなければならないことはたくさんある。突然やってくるそれらの悲劇にどう対応するか、一つ一つのタスクを冷静に対応していくことの難しさを改めて思い知らされた。

2024年11月30日土曜日

黄色のジャンパー

 土曜日。急に温度が冷えて、家の中もひんやりしていた。お昼前に出かける予定だったので、我慢して薪ストーブをつけずに過ごす。とりあえずの推薦入試を終えたNaoも一緒に都心部までお芝居を観に行く。昼過ぎに会場近くまでたどり着いたので、Naoが調べたインド料理カレー店へ。Naoはバターチキンカレーとチーズナンを注文。カレーのルーがたっぷりで、ココナツミルクの香りが強めのカレーだった。自身はスープカレーを注文したが、ライスの量が大盛過ぎて半分以上も残してしまった。


舞台は、PANCETTAというユニットの「声」という舞台。「声」をテーマに様々な表現方法で独特の世界を創っていたパフォーマンスで、意欲的で見ごたえのあるお芝居だった。


首痛が続くので、枕を新調しようとショッピングセンターに寄って帰る。枕専門店で寝そべり、計測などをしてもらう。オーダーメイドだと5万円近くかかるので、既製品のもので身体に合いそうなものを選択。しばらく使ってみてどうなるか、だ。ついでに、作業着専門店によって、除雪用のジャンパーを買う。冬季の除雪は早朝の真っ暗の中で行わなければならない。昨年からロータリー型の除雪機で行っているが、俊敏な動きができないために、明るめの服装でなければ車にひかれてしまう危険を感じていた。暗闇でも目立つ、黄色のジャンパーを買った。

2024年11月25日月曜日

推薦入試

 Naoが推薦入試の受験から戻ってくるので、空港まで迎えに行く。先週の金曜日、夕方の便で東京に飛び、大学近くのホテルへ。翌土曜日は下見を兼ねた準備の日。そして日曜日に小論文と集団面接の試験が行われた。飛行機を予約する際に「一緒に行くかい?」と言ったが、「一人で行く」ということだった。ホテルから出かける場所も限られているので、コンビニでご飯を買ったりと、なんとか過ごしていたようだ。試験の方も、小論文は半分は手ごたえがあったようだが、「熱中症への対応」をテーマとしたものは、思うように書くことができなかったとのこと。ただ、集団面接は、他の受験生よりも答えることができたようだった。


空港まで迎えに行く車中で、Naoに「空港で夕食を食べるから、店を探すように」伝える。Naoは北海道の郷土料理の店を選んでおり、天丼を注文。十分な食事をとっていなかったようで、がつがつ食べていた。ホテルの夕食用にコンビニで購入したドリアを温めようと廊下に出たところ、インキーしてしまい、ホテルのフロントまで行ったという話が最もNaoらしい旅の話だった。入試結果は12月にでる。なんとか引っかかってほしいものだ。

2024年11月19日火曜日

谷川俊太郎さん

キューピッドの矢のように
まっすぐ
レーザーの光のように
まっすぐ

まっすぐはとどく
まっすぐは貫く
まっすぐは跳ね返る
まっすぐは終わらない

赤んぼの泣き声のように
まっすぐ
玉突きの玉のように
まっすぐ

まっすぐを生み出す力は
まっすぐではない
曲がりくねり
せめぎあっている


2人目の子どもの名前をどうするか、谷川俊太郎さんの詩集をめくり、『まっすぐ』という詩から名付けた。絵本もたくさん買い、たくさん開いた。

生きているということ
いま生きているということ

から始まる『生きる』という詩は何度も読み返し、考えた。

同じ時代を生きることができたことと、多くの言葉への感謝と、深く追悼の意を表します。


2024年11月16日土曜日

冬の準備

 日に日に寒さが増してきている。降雪があると寒さを意識できるが、雪が降らない分だけ、寒く感じる。先々週の週末には車のタイヤ交換を済ませ、先週の週末には庭木の冬囲いを行った。そして今週末。来週、推薦入試を控えているNaoは、「勉強してくる」と出かけて行った。


まずは寝室の窓から聞こえる風切り音の対策から。すでに13年を経過している我が家、窓の気密性能も、ゴムパッキンの経年劣化は避けられない。第3種換気により、常に機械排気されている我が家、夏は換気口を全開にしているので気が付かないが、換気口をすべて閉じると、わずかな隙間を見つけて空気が侵入してくる。その際に隙間の大きさによって「笛鳴り現象」が起きてしまう。ゴムパッキンの交換をしようと準備していたが、隙間の空いた部分だけを新しいパッキンで補ったところ、風切り音はなくなった。とりあえずは一安心。


次に、カーポートの防雪ネット、ウッドデッキの防雪ネットとブルーシート敷き。毎年の作業なのですぐに終了。除雪機置き場の設置と除雪機の移動までと思ったが、昨年つくった除雪機置き場を設置するための部材が、どう探しても見つからない。困ったものだ。


夕方、Naoが帰ってきたので、来週の面接試験に向けて散髪を行う。表情がしっかり伝わるように、前髪もオン眉できっちりと切ったら、なんだかかわいくなった。冬に向けての準備は、残るところ除雪機の設置とシーズン前のメンテナンスを残すのみ。温暖化により、初雪などは遅れているが、この先の3か月予報では、ラニーニャ現象の影響により、例年より大雪や暴風雪となる可能性が大きいとのこと。さて、どうなることか。

2024年10月24日木曜日

20歳

Makoの20歳の誕生日。すでに成人を迎えているので、20歳で変わることと言えば、飲酒喫煙ギャンブルが可能となるぐらいで、あまり晴れやかな感じはしない。それでもMakoはお友達と早速飲みに出かけるらしい。アルコールを分解する酵素は遺伝するといわれている。良いことなのか、悪いことなのか、Makoにはお酒に強い体質が受け継がれそうな気がする。

2024年10月5日土曜日

18歳

 Naoの18歳の誕生日。早いもので成人である。休みの日だが、模試があるというので、夕方に学校まで迎えに行く。日が落ちるのが早くなり、18時を過ぎて辺りはもう真っ暗である。こんな風に学校まで迎えに来ることも、もうなくなっていくのだろう。真っ暗の中、明かりが灯っていた教室も暗くなり、Naoも出てきた。


「焼き肉が食べたい」と、昨日から言っていたので、近隣の有名店に向かうが「予約でいっぱいです」と、さすがにとびこみは難しかった。その後何店か回ってみるが、結局入れたのは学校から駅までの通学路にある「居酒屋兼焼き肉店」のような店へ。店内は空席があったが、従業員不足で店を回すのが大変な様子だった。飲み物はセルフサービス、Naoはカルビや牛タンなど好みのお肉を注文し、それなりに食べていた。途中、Makoも通話で参加し、Naoの成人をみんなで祝った。帰り道「ケーキを買って帰るか」という話になったが、もうお腹いっぱいになったということで、ケーキは翌日に持ち越しとなった。受験生ということもあり、なにかとあわただしい日々を過ごしているように見えるが、マイペースですすんでいるようにも見える。一歩ずつ着実に、そんなNaoの成人である。

2024年9月21日土曜日

ブドウ狩り

9月も中旬を過ぎ、 暑苦しかった夏も、ようやく陰りが見えてきた。十五夜の満月も綺麗に輝き、網戸も閉めて寝なければならない気温になってきた。Makoも京都に戻る日になり、最後の夕食はMakoの希望で瓦そばとなった。2週間近くの帰省だったが、ネットフリックスのドラマを集中して見たり、サッカーの負け試合を観戦したり、友達と一泊二日の旅行に出かけたり、おばあちゃんの家に遊びに行ったりと、相変わらず忙しく過ごしていた。


戻る日の朝食後、チビたちと一緒に庭のブドウ狩りをする。今年は剪定など余計な手を加えず、とにかくたっぷりと肥料を与えたことも功を奏したのか、ブドウが豊作となった。一回朝食用にとブドウを取り、今回はワインをつくるために、ある程度色づいているものをすべて採取した。大きなザル2つ分のブドウがとれた。こんなにブドウがなったのは数年ぶりである。


お昼前、Makoを送るために空港へ向かう。3連休の初日ということで、空港の駐車場に停めるのに列ができていたが、15分ほど並んで車を停める。Makoは「中華が食べたい」というので、3階のフードコートへ。Makoは麻婆丼を注文していたが、小さなネギを取り除くのに苦労していた。Naoは汁なし担々麺と餃子を注文していた。たくさん食べると思いきや、野菜たっぷりの担々麺は途中でギブアップしていた。なんじゃそりゃ。


お土産を数点買って、チェックインし、大きなトランクを預ける。夕食用にとコンビニでカップ焼きそばを買い、Makoは寂し気な顔をしながら暑い京都に帰って行った。大学が始まるまではあと数日あるようなので、自動車学校に通ったり、住宅の契約手続きをしたりとなにかとやることはあるようだ。海鮮が有名のスーパーに寄り、お刺身や大ぶりのホッケなどを買って帰る。帰宅後、Naoは自転車で図書館に出かけていった。再来月には大学の試験が控えているので、それなりに準備を進めているようだ。

2024年9月7日土曜日

帰省

 昨夜、Makoが夏休みの帰省で戻ってきた。その前一週間まあり、韓国への平和プログラムに参加し、大学生との交流や軍事境界線への視察などを行ってきており、その足で北海道へ戻ってきた。韓国のお土産はリクエスト方式で、Naoは服をもらっていた。6年前に韓国に家族旅行に行った際にもDMZに行ったが、立ち入り禁止エリアが拡大するなど、その時とは様子が違っていることもあったようで、土産話に花が咲いた。また、韓国グルメも堪能したようで、家庭料理的なものも堪能してきたようだ。


土曜日、とりあえずのんびり過ごしたMakoと町内のスーパーに買い物に出かけ、夕食の買い出し。受験勉強に出かけたNaoも夕方に戻ってきたので、久々に炭をおこしてウッドデッキで焼き肉をする。5月の連休以来だが、今シーズン最後となるだろう。9月に入り、熱帯夜も収まり日が沈むとひんやりとしてくる。5月に買って冷凍しておいた牛タンや豚肉、Makoのリクエストでスーパーを梯子して買った冷凍イカなどを焼いていく。もうすぐ20歳のMakoは韓国でも焼酎のビール割などのアルコールを味見してきたようで、ノンアルコールのドリンクを飲んでいた。焼き肉後は、スイカを切り、その後はお菓子を食べながらウッドデッキでのんびり過ごした。

2024年8月5日月曜日

プラネタリウム

 横浜旅行最終日。飛行機は夕方だが、成田までいかないといけないので、昼食までMakoと一緒に過ごすことができる。で、どこに行くかを前日に相談し、横浜駅近くのプラネタリウムに行くことに決定した。昨日同様、ゆっくりと朝食を、と思っていたが、二度寝してしまいMakoの方が準備を早く整っていた。昨日同様、おにぎり屋に向かい、その後は「クリスピークリームドーナツ」を初体験。IKEAといい、この年で初めて体験することが多い、実り豊かな旅となった。パリオリンピックも終盤を迎え、その様子を眺めながらドーナツをかじる。


JRで横浜に移動し、空港までのバス乗り場を確認した後、コニカミノルタのプラネタリアYOKOHAMAへ。通常のプラネタリウムは、プロジェクターによって、ドーム中央に設置されている装置から壁に向かって投影される方式だが、このプラネタリウムは、3年前にオープンした「日本初のLEDドームシステム」という方式で、自発光するLEDがドームに映像として映し出される方式らしい。確かにあまりに映像が美しすぎて、撮影されたものなのか、CGなのか区別がつかない感じだった。「水の惑星 -星の旅シリーズ-」という作品で、水の惑星である地球を見つめ直すという内容だった。勉強にもなるとても面白く美しい内容だったが、途中、Makoは長い瞬きをすることとなった。


ランチは横浜駅のレストラン街にあった、崎陽軒の中華のお店へ。シュウマイをもりもり食べ、Naoは酢豚定食、Makoは麻婆豆腐定食、相方は横浜名物とされるサンマーメンを注文。横浜最後の食事を堪能する。その後、お土産を買い、デパ地下でMakoの今晩の夕食を購入。Makoはいろいろ迷った挙句、お店を梯子して、紅生姜唐揚げとカニパスタとエビサラダの3品を購入。Naoは成田空港の売店で買ったおにぎりが夕食となったので、その格差は大きかった。Naoのオーキャンを兼ねた横浜旅行。夜にはホテルのラウンジで勉強する姿を見せるという、受験生の意地を垣間見せた旅行となった。連日35度近くの本州から、北海道に戻ると20度の涼しい環境へ。帰宅後、夕食を平らげたMakoとビデオでつながり、男子バレーボールの惜しい敗戦試合を見て過ごした。

2024年8月4日日曜日

鎌倉と江の島

昨日より朝食の時間を遅くしたので、パン屋のみならず駅ナカのいろいろな店が開いており、チビたちはおにぎり屋で、おのおの食べたいおにぎりや鶏のから揚げなどを購入。ホテルの部屋に戻って朝食とする。パリオリンピックの開催期間であり、朝からオリンピックのニュースが溢れていた。


今日は丸一日観光の日とすることにしており、どこに行くかを決めていく中で、結局レンタカーを借りた方が動きやすいということになり、レンタカーを予約していた。駅まで送迎してくれるということで待ち合わせ場所に向かうと、すでに送迎車が着いていた。レンタカーの事務所まで移動し、手続きをして、レンタカーと言えば、いつものフィットへ。


一路、鎌倉の大仏へ向かう。10時前には到着、まだ時間が早いのか、それほど観光客もいなかった。「奈良の大仏とどちらが大きいか」と皆で考え、Naoだけが「奈良の方が大きい」と言う。結局奈良の大仏の方が2m近く大きいことが判明。昨年きちんと見学旅行に行っていたことが確認できた。続いて鶴岡八幡宮へ。誰がいつ、なんの目的で建てたのか、鎌倉時代とは何か、いろいろと説明があったが、どれもあまり頭には入らず。暑さのせいにしておこうと決めた。鎌倉の大仏マグネットも、鶴岡八幡宮マグネットも買えたので良しとしよう。


その後は車で30分ほど走り、江の島へ。近くのビーチには人が溢れ、サーフボードを持った人も多数見られ、湘南感が満ちていた。昨年江の島に観光に来たMakoの先導のもと、山の上までは有料のエスカレータに乗る。頂上にはイタリアンのレストランがあり、そこでランチとする。江の島はしらすが名物らしいが、昨年の夏の旅行で、淡路島の道の駅で生しらす丼を食べたが、一度食べれば十分だった。ということで、今回はイタリアンの、しらすピザ、しらすとトマトのブルスケッタ、しらすののった冷製パスタなどを攻める。どれもこれもとびきり美味しかった。食後に食べたたこせんべいもパリパリで美味。


キャンドルタワーに登って湘南の海岸沿いを眺め、雲の隙間から富士山の裾の裾を眺め、地獄の岩屋までの山道を汗を流して歩く。歩く。暑い中、歩く。苦行である。岩屋の涼しさを辛うじて感じ、帰りも山道を、歩く。なんとか江の島を脱出し、近くのファミレスに逃げ込み、カキ氷を流し込む。Makoも桃のスイーツを食べて元気を取り戻す。「夕食をどうする」とスマホを手に相談し、新横浜の近くにIKEAがあることを発見。レストランもあるということだったので、IKEAに観光に行くというお上りさん的発想。車で1時間強、IKEAの巨大店舗前に到着。駐車場に手こずるもなんとか店内へ。


広大な店内は順路がやじるしで示されており、その通りに進む。珍しいものも多数あったが、「これ欲しいな」と強く思うものはなかなか見当たらず。「これを買いに来た」と強い目的意識を持って訪れるべき場所なのだと実感する。レストランは、学食方式で、好きなお皿を取っていき、最後に精算するシステム。マンゴーフェアと夏の旨辛フェアが行われており、Naoはマンゴー杏仁やマンゴーケーキ、Makoは旨辛タッカルビを取る。ただ、タッカルビの方は、本物の肉ではなく、「植物由来のチキン」という偽肉。観光なのでそれもよい思い出だ。他にもスウェーデンミートボールやカツカレー、サーモンマリネなど、「目を閉じればスウェーデン」を満喫した。レンタカーを無事に返し、いつものホテルラウンジで最後の夜を過ごす。

2024年8月3日土曜日

オーキャン2

5時に目が覚める。同じ階にコインランドリーがあり、朝から洗濯。乾燥までは時間がなかったので、部屋に干して、7時開店の駅ナカのカフェに向かう。が、カフェの前にパン屋さんが出店しており、そのパンが美味しそうだったので、そこでパンを購入して、ホテルの部屋に戻ってコーヒーを淹れて朝食とする。


8時過ぎに出発。大学への行き方はNaoが事前に調べており、町田で電車を乗り継いで相模大野駅まで向かう。相模大野からは大学までの無料バスがでており、それにのってキャンパスまで。体験を取り入れたオーキャンで、模擬講義も楽しく、学生の雰囲気や対応も申し分ない。昼食は前回同様大学内のコンビニで購入して食べた。午後からのキャンパスツアーも楽しく参加することができた。Makoとは「こっちの大学の方がNaoには合ってるね」と合意した。町田駅で職場へのお土産を買ってホテルへ戻る。


ホテルへ戻り、ラウンジで夕食の相談をする。一日暑い中動いていたので、もう駅から外に出ることはやめて、駅ナカのハワイ料理店 Aloha Food Factory へ行くことに決定。肉盛りのプレートやガーリックシュリンプ、ロコモコ、オニオンリング、ふわふわのパンケーキなど注文。注文はスマホから、注文した料理もロボットが運んでくるのに、店員さんが「アロハ」と言いながら作業をするギャップが面白い。夕食後、チビたちは昨日同様、ホテルのラウンジで課題と勉強に取り組んでいた。

2024年8月2日金曜日

横浜へ

先々週の名古屋に続き、Naoのオープンキャンパスに参加するため今度は横浜に向かう。朝早くに準備を整えて自宅を出発、一路空港へ。荷物預けて搭乗までスムーズにすすむ。機内では後方座席の赤ちゃんがぐずっていた。Naoが2歳の時に行った横浜旅行の帰りの機内を思い出す。羽田から新千歳まで、ずっとグズつき、CAの機内放送からもNaoの泣き声が聞こえていた。相方が間違えて予約したため、羽田ではなく成田空港へ到着。20分も予定より早く着いた飛行機から降りて空港内を歩いていると、組合事務所で一緒に働いていた同僚に声をかけられる。同じ飛行機に乗っていたという偶然だった。


成田から横浜までは2時間弱のリムジンバスで移動。曇り空だったので、名古屋よりも涼しく感じる。横浜から新横浜までJRで移動、ホテルは新横浜駅直結で、ロビーでMakoと落ち合った。時刻はすでに14時を回ろうとしていたので、遅いランチに向かう。せっかくだからと、近くの観光施設「ラーメン博物館」に行き、迷った挙句、山形のラーメンを選択。食後に地下鉄で桜木町まで移動し、カップラーメンミュージアムへ向かう。ラーメンのはしごである。「観光に来たんだから」と桜木町から循環型ロープウェー、YOKOHAMA AIR CABINに乗る。残念ながら、時間が遅かったので、カップラーメン作りは終わっていたが、インスタントラーメンの父と呼ばれる安藤百福の歴史などについてしっかりと学ぶ。その後は、施設内のフードコートで、Makohはミニチキンラーメン、Naoはマンゴージュースを味わう。カップラーメンの味がするアイスが、なかなかのクオリティだった。


夕方、レンガ倉庫を眺めたり、象の鼻公園でドラマの聖地巡礼をしたり、中華街で嘘くさい中華の食べ放題を体験したりと、横浜市街を満喫する。ラストは、横浜湾の夜景クルーズ。二階建ての船に揺られ、観覧車をはじめ、横浜のビル群を海から眺める。30分の素敵な船旅となった。下船時、Makoが急な階段を踏み外し、2階から1階へ滑り落ちる。怪我無くなによりだった。地下鉄でホテルまで戻り、チビたちはホテルのラウンジで課題と勉強に勤しんだ。

2024年7月22日月曜日

名古屋城

7時に起きて身支度を整え、8時に出発。今日こそはと、モーニングの店へ向かう。朝から日差しが強く、すでに30度を超えているようだ。調べて入った喫茶店、「モーニングでいいですか?」と尋ねられ、「お兄ちゃんはオレンジジュースにする?」とNao。お子様扱いのチビだった。Naoはトーストに小倉餡をたっぷりのせて食べていた。Makoの茹で卵はNaoのお皿へ。店の雰囲気は大変よかったが、ひとつ「喫煙可」を見逃しており、ただよう煙に早々と退散。名古屋城には開門20分前についてしまい、木陰で少々待つ羽目に。


名古屋城は「耐震化工事のため」と、なんと天守閣は入ることができなかった。それでも、本丸御殿なる施設と武具甲冑展を見学しただけで、帰る時間になってしまった。名古屋城マグネットを購入し、地下鉄を乗り継ぎして名古屋駅へ。Makoと約束していた「昼食弁当」は、ご当地の「矢場とん、味噌カツ弁当」。Makoと別れて名鉄でセントレアで向かうが、空港に着く前に、Makoからは味噌カツ弁当の写真が送られて、空港に着く前に、Makoは京都に着いていた。空港の矢場とんで味噌カツを食べ、「もうすぐ搭乗手続きを締め切ります」というアナウンスにせかされながらチェックインカウンターへ。一応Naoの7キロ越えの荷物を預けるが、予想通り荷物の重量検査はなし。ま、こういうものだ。保安検査場を通過し、急いでお土産を購入、搭乗口に向かうと、すでに機内への案内は始まっていた。名古屋城の天守閣なんてみていたら、飛行機に乗り遅れていたことだろう。


Naoはオープンキャンパスで、志望する学科への意気込みを強めた様子だったが、あとは合格できる力をつけることができるかどうか、それが喫緊の課題である。

2024年7月21日日曜日

オーキャン

出発の1時間前にはスマホのタイマーできっかりと起きるMako。それぞれ身支度を整えて7:15分に宿を出発する。曇り空だったので、まだ気温は上がっていない。名古屋駅の構内でご当地モーニングを、と思っていたが、残念ながら空いていたのは全国チェーンの「サンマルク」だけ。いたって普通のモーニングを注文。Makoはポテトがのったパンとコーヒー。Naoはフレンチトーストのセットにチキンサンドを追加し、飲み物はマンゴースムージーと朝からしっかりと食べていた。


高速道路を走り、満席のバスで1時間弱、大学のキャンパスに到着した。周辺には住宅地が広がっている。すでに大勢の高校生で賑わっており、案内の大学生も丁寧に接してくれた。Makoが予定表を見ながら今後の計画をサクサクと立案し、Naoはそのあとを家来のように付いて行っていた。各教室で流れている大学案内や入試案内の説明を渡り歩く。出演している担当者の「重要事項を強調する喋り方」がツボに入り、Makoは喜んでいた。Naoの志望する学科の模擬授業も一緒に受けたが、途中猛烈な睡魔に襲われる。授業の後「あんなことを4年間も勉強するのだ。大丈夫か」とNaoに確認するが、明確な返事は聞かれていない。その後、専門棟をみて、施設設備の充実ぶりに驚く。昼食の時間もMakoが決めており、食堂に向かって「無料の学食体験」の長い列に並ぶが、前後を見ると、みんな「無料食券」なるものを握っている。が、我々はそれを持っていない。どこでそれを手に入れることができるのか、気の弱い我々は、列を出て食堂横のセブンイレブンで弁当を購入。Makoはカニのパスタ、Naoはエビグラタンといたって普通の弁当を学食で食べる。その後は、大学の施設見学ツアーに参加、外に出ると暑い日差しに身体が溶ける。14時頃にMakoが立てたメニューを終え、バスに乗って帰路へ。Naoは爆睡していた。


名古屋駅に到着後、「とりあえずは休憩」とコメダ珈琲を探し歩く。なんとか入店し、Naoは抹茶パンケーキとコーヒーゼリーが入った抹茶ドリンクを注文、Makoは抹茶のかき氷を食べ、一緒にアイスコーヒーを飲んで涼む。Makoは帰りの新幹線チケットや、8月頭に行く2校目のオープンキャンパスのチケットなどを購入する。


夕食は、駅前のビルヂングに入っているご当地居酒屋「山虎」へ。串カツや味噌おでん、牛すじの味噌煮こみ&ぶっかけメシ、手羽などを頼む。食後にビルの屋上で開催していた「ひまわりスカイガーデン」なる無料イベントに行く。造花のヒマワリが広がっており、様々な人たちが撮影を楽しんでいた。その少し風変わりな人たちを観察するだけでも有意義なものである。宿に戻り、シャワーを浴びて2日目終了。Makoは遅くまでパソコンを開き、課題に取り組んでいた。


2024年7月20日土曜日

名古屋へ

 Naoのオープンキャンパスへの付き添いのために、2人で名古屋に向かう。荷物は前日にまとめておいたが、案の定、空港で荷物の重さをはかると、Naoの荷物は7キログラムを簡単にオーバーしていた。キャリーバッグからは教科書や参考書やらが出てきたが。急遽。追加料金を払って荷物の預け入れを行う。


新千歳空港から中部国際空港までは2時間弱。ちょうどお昼を過ぎたあたりに到着したので、4階のレストラン街でランチとする。Naoは当初「台湾まぜそば」を希望したが、中華料理店にそのメニューがなく、パスタ屋で「あんかけスパに2本のエビフライのせ」に変更。「このパスタ、何味なのかが不明」と言いながら食べていた。今日は移動のみの予定だったので、セントレアで時間をつぶすことに。第2ターミナルに「フライトパーク」なる施設があるというので行ってみる。第2ターミナルまでは無料の連絡バスが出ており、乗車するために外にでると、30度を超える熱気に襲われる。それでも曇り空だったので、きっとまだましな方なのだろう。


ボーイング787が展示されており、ぐるっと見学することができる施設で、「コックピット見学」に列ができていたので、なんとなく並ぶ、がその列の進みが遅く、結局30分以上も並んだ末に、単にガラス越しにコックピットを見ることができるだけで「うーん」と唸らざるを得ない時間を過ごした。名鉄で40分ほどで、名古屋市内へ。


Naoが「それ、おもしろそう」と言った、「トヨタ産業技術記念館」へ向かうため「栄生」という駅で降りたが、どうやったらこれを「さこう」と読むことができるのか、2人で考えた。記念館は駅のすぐ前。荷物を無料のロッカーに預け、豊田自動織機のコーナーから見学。糸をつむいだり、機械を動かしたりと実演も行っていたので面白く見学していたが「閉館まで残り1時間です。自動車の展示はこの2倍あります」というアナウンスで、足早に自動車コーナーへ。こちらも自動車開発までの歴史など、面白く見学。特に機械の進化がすざましく、自動溶接のアームの動きの速さの変化が格段にあがっていて驚く。プレスチックをプレスして車のキーホルダーをつくるコーナーで、各々スタートスイッチを押して作成。


閉館時間も迫っていたので、記念マグネットや豊田喜一郎の自伝漫画を購入し、駅へ向かう。すぐに列車が来て乗り込む。が、扉がプシューと閉まるその瞬間に「キャリーケースを持っていない」ことに気が付き、閉まりかけのドアを戻し、Naoを引っ張って降りる。電車の運行に支障を与えたことをわずかに気にしながらも「Nao、荷物忘れた」と階段を駆け下りる。Naoは「閉館時間過ぎてるよ」と時計を見ながら確認。「走って」とNaoにコインロッカーのカギを渡す。Naoは走って記念館へ。結局、無事に荷物を手にして、再び名古屋へ向かったのであった。


9路線が入り組んでいる名古屋駅、どこに何があるのか、右往左往しながら、とりあえず、明日のる「名鉄バスセンター」の場所と乗り場を確認する。一日歩いたのでもうだいぶんくたくた。宿泊する施設まで「歩いて20分」と書かれていたが、地下鉄で一駅移動することに。しかし地下鉄までの歩きと、地下鉄を降りてからの歩きを足すと、有に20分を超えていたので、作戦は失敗だ。


宿に着く直前に宿から電話があり「いつチェックインできるか」と聞かれたので「もう目の前です」と答え、無事にチェックイン。別館に案内される。基本的に外国人をターゲットとした「ゲストハウス」だが、今回は3人1部屋、鍵付きを予約していた。洗面、シャワー、トイレは共同だが、いずれも清潔に管理されており、値段からして申し分ない施設だった。コンビニで飲み物を購入し、一息ついてMakoを迎えに行く。宿を出る際に「今から京都を出発する」というlineが入る。新幹線で30分で名古屋に到着するで、こっちは駅まで歩いて20分。いい勝負である。駅の100均で歯ブラシを購入し、Makoと待ち合わせをするが、複雑に絡み合った路線の駅での待ち合わせに困難をきたし、結局電話を繋ぎながらなんとか合流。


まずは夕食。手羽先を食べるために山ちゃんに向かい、20分ほど待って入店。冷めた手羽先にゲンナリしながらも、天むすやモツ煮込み、きしめんスパなど名古屋メシを堪能。宿に戻る。充電の少ないスマホで観戦していてサッカーの試合、雷雨で中断していたらしく、アディショナルタイムをMakoを観戦。4点差あった試合が1点差まで迫られたが、なんとか逃げ切り久々の勝利。余韻に浸りながらシャワーを浴びる。そのご、「ほら、勉強するよ」とNaoは談話コーナーに連れて行かれていた。7キロを超えた荷物に入っていた教材が日の目を見る。

2024年7月7日日曜日

行灯

 Naoの最後の学校祭。Naoは「ステージに立ちたくない」という消極的な理由から、行灯制作のリーダーとなり、約2週間前からデザイン、制作に取り組んできた。土日も学校に出かけ、少数精鋭の中、骨組みをつくり、紙を貼り、色を付け、なんとか完成までこぎつけた。「出来はどう?」と尋ねると「1位は厳しい」という評価だった。


金曜日、行灯行列の日。朝から雨予報で「中止になったら連絡する」ということだったが、連絡がこないまま、小雨模様の会場に向かう。例年であれば、近くの公園で休憩し、クラスごとの写真をとり、少し暗くなってから学校に戻るというパターンだったので、のんびりと向かっていた。しかし、雨脚が強まってきたので、休憩もそこそこに、クラス写真だけ撮影。素早く学校に戻るというタイミングで会場に到着したが、Naoを先頭に行灯を担ぐところには間に合った。Naoのつくった狛犬の行灯はピカピカ光っていた。


土曜日。クラス企画を見るために学校祭の一般公開へ。Naoのクラスは「イッツアスモールワールド」を企画し、小さなランタンを持って、小さな人形が飾られている教室をくねくねと歩くというもの。まぁ、そこそこの出来。教室内で大きなブランコをつくったり、ジェットコースターをつくったりしていたクラスから見て、見劣りしてしまった。体育館ではダンス同好会の踊りを見て帰る。


日曜日。Naoが「3位だった」と、賞状と一緒に、行灯の結果をLINEで連絡していた。保護者などのシール投票では4~5位という感じだったが、生徒や審査員を務める先生方の票で盛り返した。Naoはこの結果に満足していたようす。友だちとの思い出づくり以外にも、学ぶことが多い学校祭になったことだろう。

2024年6月16日日曜日

千と千尋の神隠し

 Naoのサッカー全道大会。1回戦は函館の公立高校と対戦し、2-1で勝利した。翌日の地元紙のスポーツ欄に「1回戦、唯一の公立高校対決は、献身的な守備とスピードのある両サイドの攻撃を生かして好機をつくり、逆転勝利をおさめた」と記事と写真が掲載された。「スピードのある両サイドの攻撃」に目を留めてくれた記者に感謝である。2回戦は道東の私立強豪とあたり、5-2で敗退した。「勝てる気がしない」という強さだったようで、試合終了後は号泣したと教えてくれた。ただ、今回の大会はNaoのサッカー人生の中で、間違いなくキャリアハイとなる出来事となっただろう。今後もサッカーを楽しんでプレイできる人生であってほしい。


日曜、都心部に繰り出して「千と千尋の神隠し」の舞台鑑賞へ。1Fの前のほうの席だったので、役者の顔もよく見える。休憩含めて3時間のお芝居だったが、映画のストーリーを結構忠実に再現しており、舞台演出も見応えのあるものだった。映画を見ていないNaoも楽しんで鑑賞していた。舞台後は、おばあちゃんたちと待ち合わせをして、行列のできるパフェ店へ。だた、大雨の後だったのですんなりと席に座ることができ、甘味を堪能。その後は老舗のうなぎ屋へ梯子し、うな重を堪能。充実した父の日となった。

2024年5月24日金曜日

全道出場

 この町に越してきて、小学校2年生からサッカーを始めたNao。夏も冬も友達とサッカーボールを追いかけ、小学生の時はクラブチームで全道大会に、中学校の部活動でも全道大会に出場し、チームに恵まれてきた。高校でも、地元からは変わらぬ顔がチームメートとなり、同じようにサッカーを続けてきた。そして高校3年の高体連、負ければ部活動引退となる大会である。ゴールデンウィークに行われた大会シードをかけた春季大会では、地元のライバルチームを破って優勝したが、ここ最近の試合ではエースの不調もあり「このままでは高体連は危ない」とNaoと話をしていた。


昨日から始まった高体連。5チームのトーナメントで、1回戦目は常に互角のチームとあたったが、エースのゴールで勝利。そして今日の決勝戦。春季大会と同様、地元のライバルチームとの戦いとなったが、エースのゴールで先制し、結果は2-0で圧勝だったようだ。後から動画を確認すると、1点目のゴールはNaoのクロスからのゴールで、勝利に大きく貢献したようだったが、本人は何も言っていなかった。


来月の全道大会は、道北の地、稚内での開催となる。試合はもちろん、大人数のチームメートと出かけるイベントは、貴重な経験となるだろう。

2024年5月6日月曜日

GW後半戦

 連休の後半戦。5/3は、サッカー春季大会の決勝戦の応援へ。試合地の芦別市へ向かう。少し早めに家を出て、おじいちゃん、おばあちゃんも乗せて試合会場へ。風がビュービューと吹くなか、元気にボールを追いかけるNao。シュートチャンスも何回かあったが、ことごとく枠を外し、歓声とため息が交差する中、なんとか優勝を勝ち取った。昼食にご当地グルメのガタタンラーメンを食べ、祖父母の家に宿泊した。


5/4はNaoが練習オフだったので、大型スーパーで買い物などしながら、のんびりと帰宅。お昼ごはんにカップ麺をすすり、のんびりダラダラと休みの日を満喫する。夕食は明石焼きと、子どもの日にと買ったプリンアラモード。


5/5の子どもの日。練習終わりのNaoを昼時に迎えに行き、ランチビュッフェに行く。新鮮野菜が美味しいビュッフェで、手作りのドレッシングも美味。Naoは唐揚げや餃子、そしてスイーツ部門のフレンチトーストやわらび餅をたらふく食べていた。


5/6は大型連休最後の日。昨夜から雨続きで、連休中に植えた庭のジャガイモや枝豆、キュウリには恵みの雨だが、サッカーの試合には不向きな天気。今日の試合はブロックリーグの試合で、小樽市まで応援に向かう。連休中ということで、結構な数の保護者が観戦に来ていた。長丁場のブロックリーグ戦なので、入部してたの1年生も多くメンバー入り。後半から出場のNaoも、コーナーキックから得点を決めていた。試合後半から雨がパラついたが、大降りになることもなかった。試合後、なると屋で鶏の半身揚げを食べ今年の連休は終了となった。



2024年4月29日月曜日

海鮮丼

 昨日は、午前中に小樽観光をしたあと、夕方からライブに行き、夜遅くに帰ってきたMako。今日はお昼過ぎの便で京都に帰るので、空港へ送りに行く。サッカーの練習がオフのNaoも一緒だ。


空港へ着くと、Makoにバイト先へのお土産を持たせる。むろん石屋製菓のお菓子である。その後も、北海道土産を眺めながら、空港レストランで昼食。Makoのお友達が「海鮮丼」をリクエストしたので、お店を探す。昨日、小樽でも「海鮮丼」を食べたMakoは不服そうだったが、仕方なくそれに従う。そもそも、道産子は日常的に「海鮮丼」を食べることはないと思う。我が家も外食で「海鮮丼」を食べたことなどまずない、と思いながらMakoが生まれた羽幌町で、家の近所の水産直売所の「甘エビ丼」をよく食べていたことを思い出した。食後にソフトクリームで締める。


寂しそうな顔のMakoを見送り、帰宅途中の世界遺産「キウス周堤墓群」に寄って、少しばかりの勉強。大混雑の道の駅に寄ると、春の山菜が売られていたので、夕食は天ぷらに決定。寂しく別れたMakoとライブ動画でつながりながら、天ぷらを揚げて夕食を食べた。Makoは筍も椎茸も卵も入っていない酸辣湯スープを作って食べていた。

2024年4月27日土曜日

炭開き

 今日からGWの前半戦がスタート。Naoはいつものように、朝早くからサッカーの練習に出かけて行った。Makoが友達を連れて帰ってくるというので、午前中は家の掃除に勤しむ。来客がないと本気をだして掃除をしないので、定例で来客が必要である。お昼過ぎの便だというので、一生懸命掃除をしていると、いつもの右足の膝を脱臼してしまい、足を引きずりならが空港へ行き、到着口でMakoを待つ。2泊3日の帰省なので、リュック一つで帰ってきたMako。車を走らせて有名ラーメン店へ向かって昼食。やはりラーメンは欠かせない。


昼食後は、近場の観光地ということで羊ヶ丘展望台へ行き、札幌の景色を一望。ただ、黄砂の関係で、少し霞んだ景色だったのが残念。白い恋人のソフトクリームを食べる。お友達はお土産物をセレクト。


家に戻る途中、大型倉庫店でお肉などを買い求め、夕食は我が家に戻って今年の炭開き。10年以上使ってきたバーベキューコンロも、さすがに錆びて穴がボコボコと開いてきたので、新品のコンロにリニューアルした。この日は日中も、日が落ちてからも気温が高く、満開の桜を眺めながらのバーベキューとなった。

2024年4月21日日曜日

石油給湯器

電気温水器が故障して1か月以上経過し、温泉に通ったり、水漏れ部分をホースで排水したりとだましだまし乗り切ってきた。石油給湯器への交換の工事日が決まったのにもかかわらず、当日になって「設備業者が発熱した」と工事が延期されるなど、幾多のトラブルを乗り越え、ようやく工事日にたどり着いた。


午前9時、設備業者がやってきた。発熱は収まったが、まだ咳がでたりと体調は思わしくないようだが、無理を押して来てくれたようだ。まずは500ℓ以上ある電気温水器の搬出から。本体が大きすぎて、解体しないと家から出すことができないので、その作業に半日かかる。大型の産業廃棄物は、トラックの荷台に乗せられて行った。その後は、灯油の配管作業。屋外の灯油タンクから敷地をグルっと灯油管を回し、家の中に入れて2階まで延長、これもかなりの時間がかかっていた。夕方近くになり、FFの排気の穴を開け、ボイラー本体を設置したところで1日目の作業は終了した。

この日の夜は、お湯が全く使えないので、隣町の温泉へ出かける。入浴後はレストランで夕食を、と思っていたが、レストランは宿泊者専用になっていたので、閉店間際のお蕎麦屋さんに滑り込み、Naoはいつものようにうどんを注文。


そして日曜日。この日も9時きっかりに業者やってきて、本体とお風呂の設備をホースでつないだりと半日作業をし、お昼過ぎにようやく工事が終了した。新しい給湯器は、お湯張りはもちろん、保温や水量までフルオートで行うもので、少々スペックオーバーなところはあるが、なにより蛇口をひねると温かいお湯がでる普通の暮らしに戻れることに喜びを感じる。

2024年4月14日日曜日

ゴミ拾い

 土曜日。朝早くから設備屋さんが工事の下見に訪れる。電気温水器が故障して一カ月ほど経ち、ホームセンター2社から見積もりをとって検討を続けてきたが、結局ハウスメーカーから紹介された設備屋さんに工事を行ってもらうことにした。金額的にはそれほど大差はないが、信頼できるハウスメーカーの安心感を最優先した。灯油を通す管を新たに設置する必要があり、その経路などを図面を見ながら検討してくれた。


午後から相方と二人、町内で行われている「老舗祭り」に行く。コロナ禍を経て祭りの内容も様変わりしており、町内外の飲食店やキッチンカーが多く集まり、盛り上がりを見せていた。町内には店舗を出していない店や平日しか営業していない店なども多数あり、ベーコンやステーキなど初めて食べる味に舌鼓を打つ。日本酒も飲み比べができるようになっており、いつもは飲まない日本酒を味わう。


日曜日。朝早くから花火があがり、町内のクリーン清掃活動に参加するため隣接する公園に向かう。時間になるとわらわらと人が集まり、町内会長のあいさつでスタート。豪雪の季節など、人力では雪割できないほど残雪が多い年もあるが、今年は小雪で雪解けも早く、公園には心ばかりの雪しか残っていない。それなりにごみを拾って終了。


日中、どんどんと気温が上がり、20度近くになる。Naoのサッカー応援と送迎のため、恵庭市へ。あまり言ったことのない町だ。ファミレスで昼食を食べてから応援に向かう。相手はセカンドチームで新入生もいるようだったので、結果は大勝で、後半から出場したNaoも裏に抜け出して得点を決めていた。3年生になり残り少なくなった部活動期間、最後まで楽しんでプレイしてほしいものだ。

2024年4月7日日曜日

新学期

 気づけば4月に入っていた。春休み中、北海道で遊びつくしたMakoは京都に戻り、新学期が始まるまでバイトに精を出している。桜も咲き始めたようで、1年前の引っ越しの際に咲き誇っていた桜を思い出す。Naoは部活動で外出する以外は、相変わらずのグウタラ生活。


土曜日の午前中、Naoと外作業を行う。冬囲いを外し、ウッドデッキのシートを外し、ラベンダー畑と通路を分ける柵を設置しなおす。壊れた柵も、Naoは手早く直していた。今年は雪解けも早く、暖かい日が続いているので桜も早めに咲きそうだ。昼食は町内の多国籍料理店でカレーなどを食べる。家の近所に「ソフトクリーム&クレープ」の店が新規開店したので食後に向かう。まだ風が冷たく、店頭で購入後に車の中で食べたが、ミクル感が味わえるソフトクリームで、長く続くことを祈るばかりだ。


日曜はNaoの部活終わりに合わせて迎えに行き、お蕎麦のランチの後はNaoの靴とジャージを購入。商店街には明日の入学式に合わせて、準備の買い物をする新入生の姿も見られた。いよいよ新学期がスタート。準備のために心身共にグッタリの日々だが、一歩ずつ歩みを進めていかねば。

2024年3月10日日曜日

立冬のころ

 金曜日。Makoは友達との韓国旅行に旅立っていった。早速市場でのタコの踊り食いの様子が送られてきた。楽しげだ。夕食はNaoと二人だったので、自身は簡単に蕎麦を茹でて食べた。Naoは部活で遅くなるので、チキンカツ弁当を買っておいたが、「蕎麦の方がよかった」と言っていた。なんだなんだ、である。


土曜日。朝起きてキッチンの水道の蛇口をひねると、お湯が出ない。電気温水器のボイラーを確かめると、お湯は生産されているが、それが水道まで送られてきていないようだ。説明書を見ながらいろいろと試すも状況は変わらない。部活終わりのNaoを拾いがてら、隣町のホームセンターへ。まずは給湯ボイラーの学習を深める。


給湯ボイラーは、今使っている「電気」の他に、「ガス」「石油(灯油)」の3種類がある。家を建てる際、ハウスメーカーの標準仕様は「灯油ボイラー」だったが、夜間の電気を使ってお湯を生産する「電気温水器」にしてしまっていた。そして給湯ボイラーの寿命である10年を過ぎ、しっかりと故障した。そして現状、電気代の高騰を受け、最もコストパフォーマンスが良く、故障時の交換費用が安いのは「灯油ボイラー」だと認識を改めた。「持続可能な自然との共生」をうたうハウスメーカーの言うことをしっかりと聞いていれば良かったと今更後悔する。夕方、別の大型ホームセンターに向かい、灯油ボイラーの説明を受けてから交換設置の見積もりをお願いする。


夜は、江別の古い芝居小屋である「ドラマシアターども」で、「劇団ども」の「立冬のころ」というお芝居を見た。地元、江別の開拓の歴史の物語で、北陸富山からの移住、開拓、水害、アイヌ差別、戦争の様子などが描かれていた。劇団を主宰する方の自身のルーツを脚本にしたもので、興味・関心が深い分野の内容だったので、楽しみながらも勉強となった。


芝居を見て帰ると、10時近くなっていたが、ボイラーの壊れた我が家はお風呂が使えないので、町内の温泉へ。自宅から車で数分だが、行く機会はほとんどない。数年前に改修されたとはいえ、なかなかの昭和ノスタルジーを味わえる温泉だ。こんなことがなければ来ることがないので、貴重な機会となる。


2024年3月3日日曜日

ひな祭り

3月に入った。今年は積雪が少なく、隣接する公園に集められた堆積の雪山も、例年よりは低めだが、子どもたちがそり滑りを楽しんでいる。

土曜日。風邪気味の状態が続き、2日前に通院したNao、今日はサッカーの練習に出かけていった。昼過ぎ、Naoが帰ってきた。肉うどんの昼食。その後、大敗したサッカーの試合をテレビ観戦し、夕方前にMakoを迎えに行くため空港へ。荒天が予報されており、飛行機の運航が心配だったが、いつも遅延するLCCも予定通りの時間で離陸したと連絡があった。

少し早めに空港に着いたので、お菓子などを見て回って時間をつぶす。春休みに友だちと韓国旅行に出かけるMakoは、大きなスーツケースを引き下げて帰ってきた。空港からの足で、近くの回転寿司屋へ。予約ができない店だったので20分ほど並んだが、並んだ甲斐があるおいしさのお寿司だった。とりわけ、Naoは大好きな鯛がたいそう気に入ったようで、何皿も追加で注文していた。アナゴもサーモンも、光物も、いずれもネタが新鮮でおいしく、安価系の回転寿司のそれとは一線を画すものだった。

日曜日。部活終わりのNaoを拾って、Makoと3人でランチにでかける。隣町の中華料理店へ。Makoは初めて行くお店だが、麻婆豆腐の味を気に入って食べていた。昼食後は近くのアイスの店でジャラートを食べ、スーパーで夕食の買い物。途中、Makoはいつもの片頭痛でダウン。車で寝込み、家に帰ってからも夕方まで休んで、ようやく回復していた。

ひな祭りの夕食。本来は生チラシを作る予定だったが、昨夜の夕食に回転寿司に行ってしまったので、今晩はアイスの店で購入したソフトフランスパンを活かしてアヒージョとした。4人の夕食は賑やかで楽しいものだ。食後はいつも自室にこもるNaoだが、ソファーでお姉ちゃんにくっついて離れないNaoだった。

2024年2月12日月曜日

三角窓

 今年は2週連続して3連休となる素敵な2月となった。降雪も落ち着き、ピークも過ぎた感じがする。除雪機もドーザー型からロータリー型に買い替えたので、早朝の除雪もかなり楽になり、Naoの手助けなしでも大丈夫となった。


三連休の初日、土曜日はNaoを部活終わりに学校へ迎えに行き、用事を済ませた後にハンバーグチェーン店でランチ。Naoはコチジャンの効いたチーズタッカルビ風ハンバーグ300gをペロリと平らげ、サイドメニューのチキンとポテトもつまみ、食後にストロベリーのパフェも食べていた。帰宅後、ホームセンターで買ってきたアイアンバー(鉄の平板)を壁に取り付ける。旅行の度に購入してきたご当地マグネットだが、冷蔵庫の側面にペタペタと貼ってきたが、スペースが無くなってしまったので、マグネットギャラリーを作った。180㎝の平板を2本付けたが、すぐにマグネットで埋まってしまった。スーパーで四国フェアをしていたので、讃岐うどんの夕食となった。


2日目。午前中に、定期点検のためカーディーラーに車を持っていく。代車を借りて買い物へ。次の車検は2台とも2年後だが、その際に車を買い替えるかどうするか迫られている。自動車業界は100年に一度の変革期と言われており、EVカーの状況はもちろん、自動運転の状況も気になる。また、購入ではなくてリース(サブスクリプション)での契約も話題になっているので、新たな状況を抑えていく必要がある。大型倉庫店でバゲットとアヒージョのセットを購入した。アヒージョのセットには、普段はあまり入れないパプリカやオリーブの実、タコのぶつ切りなどが入っていて新鮮だった。


3日目。朝食後に一念発起して外作業へ出る。まずは下準備として前庭に積もった雪を除雪機を使って家の側面に寄せて雪山をつくる。そして長尺のはしごを出して壁に立てかける。家のロフト部分の三角窓の木枠をペンキ塗りする算段である。他の窓枠部分は今までもペンキで塗装してメンテナンスをしてきたが、ロフト部分の窓ははめ殺しで外側からしか塗ることができず、また地上から5mの高さがあるのでいつも躊躇していた。高いところは苦手だが、背に腹は代えられない。せめて怖さが軽減できるよう、雪山を形成して見かけの高さを和らげ、また万が一梯子から転倒した場合でも雪がクッションになれば一命を取り留めることができるかもしれない。ホームセンターで買ってきたヘルメットと、気持ちばかりの安全帯を装着し、相方が見守る中、ペンキ缶と刷毛を腰からぶら下げ、いざ。


登ってみると、下を見なければさほど恐怖感はなく、梯子を握りしめていなければならない不自由さを除けば、ペンキ塗りの作業は順調に行うことができた。真南の窓で、直射日光にさらされ、10年間もメンテナンスをしていなかったので、窓枠の木部は塗装が剥げて白銀化し、ペンキの吸い込みも激しい。ただ、窓枠そのものに大きなダメージは見受けられないので、補修や修理の実施は避けられそうだ。なんとか無事に作業を終えてたが、踏ん張っていた足の裏と手の筋肉が硬直していた。このぐらいの作業だと、あと10年間は行っていけるのではと自信を持てた。

2024年1月27日土曜日

ゴールデンカムイ

土曜日、部活終わりのNaoを学校まで迎えに行く。今日は雪中サッカーだというので、いつもより1時間以上も早く終わるようだ。Naoを拾って、高速道路で一路都心部へ。映画を見る予定だが、それまでまだ時間は十分あるので、まずはランチ。昨年できた狸小路の新ビルへ。いろいろなお店が入っている中、Naoは迷わず中華の店に入っていく。よっぽどおなかがすいていたのか、エビと玉子の餡掛けご飯をあっという間に平らげ、追加で頼んだ餃子も美味しそうに頼んでいた。

映画はすすきのに新しくできた新ビルの映画館。新ビルのテナントを眺めながら時間をつぶす。鑑賞したゴールデンカムイは満席。映画も、大ヒットした漫画やアニメを忠実に再現しており、原作へのリスペクトを感じさせるものだった。俳優陣もはまり役ばかりで、2時間を超える大作があっという間に過ぎていった。ただ、完結している原作のストーリーからして、何部作になるのか、完結するのが何年後になるのかが不安になった。

夕食は帰りの道中の回転すし店へ。45分ほど並んで入店した。Naoは終始注文のタッチパネルに向き合い、途切れることなく注文し、食べていった。そして最後に、ケーキ、わらび餅、フルーツとデザート3品を連続注文。3人分で支払った6000円のうち、半分はNaoが食べていた感じ。この日に限り、食欲旺盛だった。

2024年1月24日水曜日

誕生日

 お母さんの誕生日。仕事終わりにケーキを買って帰ろうと思った。職場の近くのケーキ店を探したが、水曜日は個人経営のケーキ店、休業の日が多いことが判明した。仕方がないので、洋菓子チェーン店のホールケーキを買って帰る。


相方の夕食の希望は「トムヤムクン」だったので、付け合わせに生春巻きでもつくろうとメニューを考えながら帰宅していると、「生春巻きもつくる」との連絡があった。長年連れ添っていると、こういうことがよくあるものだ。トムヤムクンの正解の味が分からないので、そちらの制作は相方にまかせ、生ハムやスモークサーモンなどを入れた生春巻きをつくる。


Naoが帰ってくるのを待って、遅い夕食。少し豪華な食卓を見て、お母さんの誕生日のことを告げると、「あっ、そうなの?」」とうそぶくNaoだった。夕食後にはケーキを切って、46回目の誕生日をお祝いする。


全国的な荒天で、京都の平野部にも雪が降った。ライブ配信されている金閣寺の映像を眺めると、屋根にも白く雪が降り積もり、白と黄金のコントラストが見事だった。

2024年1月10日水曜日

初滑り

 昨日、Naoは友達と隣町へナイタースキーに出かけていた。高校2年生なので、冬休み明けには最後のスキー授業も待っている。


本日の午前中、相方は、同僚とスキー研修。この機会を逃すとスキーに行かないかもしれないので、一緒にスキー場に行ってひとりで初滑りを行った。家を出るときは青空が見えていたが、隣町に近づくにつれて小雪が大雪、そして吹雪に。20キロしか離れていないのに、この天気の変わりようは恐ろしい。


強風のため2機あるリフトは1機のみ運行。9時から11時半まで、時折雪がやんで街並みを望めることもあったが、基本的には常に吹雪。こんな日にわざわざスキーをしたことも、振り返ればいい思い出になるはず。


昼前にあがり、部活終わりのNaoを迎えに行く。身体は十分に冷えていたので、熱々の餡掛け焼きそばを食べようとお店に向かったが、なんとこの日も休み。年末から連続して振られている。町内にもどり、Naoの友達も一緒にラーメン店へ。待たされた席がまた寒く、冷え切った身体に美味しいラーメンだった。

2024年1月8日月曜日

福岡・長崎旅行⑤

5:45に起床し、Naoと一緒に温泉へ。茶色く濁った天然温泉であたたまり、朝食バイキングの会場へ。会場は2か所あると案内されており、洋食メインの会場と和食メインの会場、Makoはステーキを目の前で焼いてくれる和食会場がいいと張り切っていたが、残念ながら和食会場は開場まで30分かかるために断念。それでも、Naoは鯛茶漬けやフレンチトースト、Makoも鯛茶漬けを食べて満足していた。手作りのソフトクリームもあり、Makoに作ってもらったソフトクリームは、売り物としては残念な仕上がりとなった。

ハウステンボスから博多までは高速道路で90分。新幹線の駅でMakoと別れる。寂しそうなMakoの顔。 前日にインターネットから荷物を預ける手続きをしていたのにもかかわらず、福岡空港では、荷物の重量はノーチェック。当たり外れがあるのもLCCのだいご味。保安検査後にNaoはお土産を購入、飛行機の中で食べるお昼ご飯にと、鶏めしおにぎりや鯖寿司、天むすなどを購入。Makoが送ってくれた新幹線でのお昼ご飯の画像にも、鶏めしのおにぎりが写っていた。 4泊5日の福岡・長崎旅行は、実質的な旅行日は3日間という強行軍ながらも、グルメを含めてたくさんの思い出と素敵な体験を積むことができた。

2024年1月7日日曜日

福岡・長崎旅行④ ハウステンボス

この日も移動に時間がかかるため、6:30起き。チビたちはコンビニで買っておいたスープで朝食。昨日は停める場所に苦労した駐車場まで少々歩き、この旅行の最大の目的地であるハウステンボスへいざ。高速道路を走ること90分、9:00には到着した。素敵なホテルでチェックインを済ませ、入園まで船で移動。素敵である。園内の居住地は会社の保養施設としての利用や、永住している人もいるそうだ。園内は「光の街のクリスマス」というイベントが続いており、1,300万球のイルミネーションで彩られていた。


まずは、体験型のゾーンへ向かう。ホライゾンアドベンチャーでは、大洪水を再現した総量800トンの水が圧巻。次のVRのジェットコースターは100分以上の待ち時間。VRゴーグルヘッドフォンを装着し、座席に座ってシートベルトも締める。が、実際の体験は、創造を超えるものではなく、現時点でのVRの限界を感じるものだった。また、コースターの座席には余裕があるのに、アルバイトのアテンダント不足で、案内できる人数に限りがあり、待ち時間が長くなっている現実もあるようだった。


昼食は、チーズをメインとしたお店へ。大人組はモッツアレラのトマトパスタ、Makoはチーズカレーを食べていた。午後からは光のファンタジアのゾーンへ。花の癒しの空間や、鐘の演奏、光で彩られた海の空間、宇宙空間など様々。40分待ちのアスレチックファンタジアでは、白い線を踏まないアクティビティで、5段階中4番目に難しいレベルを選択したせいで、30秒を超えたぐらいでゲームオーバー。なんともタイパの悪いアクティビティになった。

途中、ショコラの喫茶で休憩、Naoはチョコのケーキ、Makoもモンブランのケーキとチョコレートドリンクを注文。Makoはケーキなど甘いものも少し食べるようになった。園内で行われていた佐世保市の成人式も終わったようで、観覧車に行く途中、多くの晴れ着姿の成人であふれていた。シンボルタワーから園内を眺めたあとは、ゴンドラ遊覧で園内を半周。冷たい風の心地よく、薄暗くなっていくなか風車と花の電飾をバックに写真撮影。夕食はピザをメインとするイタリアン。19組待ちという状況だったので、ショッピングエリアで時間を過ごす。クリスマスの曲をバイオリンとチェロで生演奏しており、それが素敵でMakoはじっくりと堪能していた。夕食はピザやパスタ、大きなソーセージなど注文。伊万里焼の窯で焼いたピザは絶品、カラスミ入りのパスタも味わえた。

食後は、メリーゴーランドとゴスペルで気分を盛り上げ、花火会場へ。予約した有料ゾーンは満席で、成人式用に、20年前からの流行った曲をBGMに打ちあげられた花火は感動的だった。Makoも一足早い成人式に感激していた。この瞬間が永遠に続くことが幸せなのかと思うぐらい素敵な花火ショーだった。ラストは、プロジェクションマッピング。塔に映し出されたクリスマスの物語、すべての光が消えてショーが終わった瞬間、もの悲しさもあった。

11階のホテルのバルコニーからは、園内の電飾をきれいに見下ろすことができた。Makoはお母さんと温泉へ。Naoは疲れた様子だったので、温泉は翌朝に。疲れていたのであっという間に眠ってしまった。

2024年1月6日土曜日

福岡・長崎旅行③ 平和学習

福岡から長崎まで、2時間強はかかるので、この日は5時起き。準備に時間がかかるMakoは、皆が寝ている間にもすでに準備をすすめていた。6時に出発し、まずはコンビニで朝食購入。チビたちは食べた後、すぐに眠っていた。薄暗い中、小雨も降り、大型トラックが並走し、入り組んだ高速道に苦労しながらも、2時間近くで長崎に到着する。


まずは、朝の爆心地公園、そして平和公園の祈念像へ。朝早くでも多くの観光客が訪れていた。その後は原爆資料館へ。Makoはもちろん、Naoも各展示をしっかりと見て学び、午前中はしっかりと平和学習を深める。貴重で大切な時間を過ごすことができた。

昼食は、中華街へ。チビたちはちゃんぽん、大人は皿うどんを注文。チビたちはクリーミーなちゃんぽんに舌鼓を打っていた。中華街でごま団子をつまむ。長崎名物の「ハトシ」も注文。食パンの間にエビのすり身を挟んで油で揚げたものだった。その後は孔子廟を見学し、変面のショーに驚き、浦上天主堂では隠れキリシタンについて学び、疲れたので喫茶店のカステラアイスで休憩し、グラバー園で資本主義の歴史を学ぶ。一応、文明堂のカステラも購入。

夕食前に宿泊場所の民泊タイプのホテルへ。ロフトタイプで、キッチン、洗濯機も、昨日のそれを上回る施設だった。急いで洗濯機を回し、浴室乾燥機に干して乾かす。寝具が一式見当たらないので、電話連絡すると、「ベッドの下にベッドを引き出す」ように言われた。よく見ると、ベッドの下にベッドが隠されていた。

夕食前に、日本三大夜景のひとつ、長崎の夜景を眺めに行く。車で途中まで行き、そこからはケーブルカーで行くシステムのようだ。かなり気温が下がっていたが、ケーブルカーから見えた花火、山と海岸に挟まれるように囲まれた夜景を眺める。Makoは自撮り棒とスマホの夜景モードでの撮影と格闘していた。夕食はMakoが希望していたトルコライスの店が満席で、長崎駅併設の飲食街へ。地元のファミレス、ブルズキッチンに入る。名物のレモンステーキ、トルコライス、食べるミルクセーキを制覇し、長崎の夜は更けていく。

2024年1月5日金曜日

福岡・長崎旅行② 明太子

7時に起きて、昨日買ったパンやおにぎりで朝食。Makoはワンタンスープ、Naoはパスタをレンジで温めて食べていた。まずは海岸沿いの映えスポット、糸島の「ヤシの木ブランコ」に向かう。朝の渋滞につかまり、到着までは45分ほどかかった。白い砂浜から生えたヤシの木にいくつものブランコがかかっていて、その前には日本海が広がっている。曇り空だったが、北国育ちには、ヤシの木は十分に南国気分を味あわせてくれる。旅行前に買った自撮り棒が大活躍で、夢中になって写真や動画を撮っていると、あっという間に時間が過ぎた。


明太子づくりを予約していたので、次の目的地「ハクハク」まで高速道路を走り向かう。明太子博物館や工場見学の後、念願の辛子明太づくりへ。まぁ、用意されている明太子に味付けをするだけなのだが、旅の思い出には十分である。NaoもMakoも唐辛子多めの辛めで仕上げていた。お昼は同じ施設内で、明太子お代わり自由のランチ。普通の辛子明太子のほかにも、カズノコ入り、海苔の佃煮入りなど多彩で、食べ方もとろろや茶漬けなどがあり、Naoはご飯3杯、Makoも大盛り2杯を平らげた。

昼からは、太宰府天満宮へ。距離と予想到着時間に乖離があったが、近づくとその理由が判明。大渋滞が待っていた。福岡の数少ない人気観光地だった。本殿は改修中だったが、広い敷地内を散策し、山裏の遊園地も眺め、参道でモンブランや紅芋スイーツも堪能し、熾烈な天満宮争いは、北野より大宰府の分があるようだった。ただ、旅行地で購入しているご当地マグネット、どれもいまいちで不作だった。 夕食まで時間があったので、PayPayドームに向かう。Makoお薦めの「光のアトラクション」、チームラボフォレストへ。これが想像以上に素晴らしかった。高性能プロジェクターから映し出される光、それらを捕まえたり、動かしたり、そこから新たな光が生まれたりと、見るだけではなく、身体をつかって楽しんで感じる空間がいくつも広がっていた。いままで感じたことのない空間と創造性に圧倒されてしまった。

夕食はゴマ鯖と博多ラーメンを出すお店を探し、天神地区のやまちゃんへ。地元の常連客にぎわう店内、おでんやクジラ刺し、博多ラーメンを堪能する。一応、ラーメンの替え玉も体験。近くの川沿いの屋台には、韓国からの観光客で賑わっていた。 

2024年1月4日木曜日

福岡・長崎旅行① もつ鍋の夜

 パンの朝食。午前中は旅行荷物をまとめる。LCC利用のために荷物量の制限があり、いつもよりは荷物は少なめで調整する。昼過ぎに自宅を出発し、空港地、道の駅の近くのラーメン店へ入る。豚骨ベースの店だったので不安があったが、それほど強めの豚骨ではなかったので安心。店の壁には色紙に筆で「努力」「忍耐」「克己心」などの文字が並べられていた。Makoと「求めているものと合わないね」と話をする。できれば「のんびり」「ほどほど」をモットーとしたいものだ。道の駅でイチゴソフトなどを食べて時間をつぶす。


空港で帰省の従姉弟たちと落ち合う。Makoと保安検査場の偵察に出かけるが、LCCの受付では手荷物の重量をしっかりきっちり計っていた。我が家の荷物を計ると、一人7キロはオーバーしていたので、急遽、Naoの荷物に重いものを集めて追加料金を出して手荷物を預けることにする。そしてLCCなので、機材繰りで遅延、乗り場の変更、飛行機までのバスの調整できっちりと1時間遅延して福岡に到着した。空港に到着するなり、北海道との気温差にコートを脱ぐ。

レンタカー店の閉店時間を過ぎていたが、到着後すぐに電話をかけるときちんと対応してくれた。Makoも予約していたモツ鍋店に、予約時間の変更をお願いする。福岡空港から博多の街中まではすぐだ。レンタカーで20分ほど走ると、予約していたもつ鍋店へ到着。老舗のもつ鍋店で、みそ味もだしていたが、ここは王道のしょうゆ味で攻める。ノンアルカクテルで乾杯。予想以上にあっさりした味で、モツもいろいろな部位があり、もちろんスーパーで売られているそれとは味もレベルも段違いだった。締めの第一弾でチャンポンを投入し、第二弾で雑炊を注文。最後は汁の一滴まで味わった。福岡滞在の2日間は、民泊タイプのホテルに宿泊。室内も綺麗で、キッチンも洗濯機も完備。お風呂の照明もムーディータイプで、Makoは気に入っていた。近くのコンビニで朝食を購入。チビたちは仲良くダブルベッドで就寝。

2024年1月3日水曜日

2024年始

 1日。2024年がスタートした。外は氷点下20度近く下がっていたが、仮設住宅はエアコン1台で十分暖かい。お節料理とお雑煮で新年を祝う。午前中は昨日に引き続き、「カタカナーシ」というパーティーゲーム。カタカナ語のお題を、カタカナ語を使わずに説明して、みんなに当ててもらうカードゲームである。正月から脳みそをかなり使う。ホットプレートでハンバーグの昼食。おばあちゃんの家を後にし、自宅に戻る途中で大型ショッピングセンターに寄る。初売りでそれなりに賑わっていた。相方が「旅行用に自撮り棒を買いたい」というので、見繕う。店からの帰宅途中で大地震のニュースが飛び込んできた。すぐに姉の安否が判明したので安心したが、余震が続くなか避難所へ向かったようで、正月気分が一気に吹き飛ぶ。ショッピングセンターの焼き鳥店で買ったオードブルと、手作りのお雑煮で夕食。地震と津波のニュースが夜まで続いていた。


2日。パンの朝食。届いた年賀状に返事を書いて、ポストに出す。年賀状を出すストレスから解放されたいがため、急遽「年賀じまい」の文言を印刷した。昼は昨夜のお雑煮の残り。麺つゆを切らしていたため、白だしと醤油と塩、料理酒だけの味付けとなったが、いつもと同じ味に落ち着いたので安心。夕食に合わせて実家へ。すき焼きの夕食だったが、調整していないのに、メニューがかぶらない夕食が続いている。夕食中に羽田空港での飛行機接触事故のニュースが飛び込む。燃え上がる飛行機が新千歳空港発であるという情報に血の気が引いた。しかし、その後の乗員乗客全員避難の情報に、歓喜するとともに驚く。不幸中の幸いとはこのことである。

3日。お雑煮の朝食。従姉弟たちが昼頃に来るというので、午前中はショッピングセンターへ買い物に出かける。メインはスーツケースの購入。我が家には機内に持ち込めるスーツケースが3つ、Naoの荷物も増えてきているので、一人一個制の導入が求められていた。相変わらずMakoは服を購入する。スーツケースに付けるネームタグを探すのに苦労するが、結局良いものは見つからずに代用品で我慢する。昼食用にパンや牛丼を買って帰り、夕食は近くの回転寿司店へ。Makoをリーダーに、4人の子どもたちだけでボックス席に座ったが、「最後にソフトクリームのSサイズを注文しなさい」というおばあちゃんの言葉を守ることなく、ソフトクリームはレギュラーサイズを注文、Makoは締めのイカゲソを堪能していた。夕食後に自宅に戻る。