2025年2月24日月曜日

旅に出る理由

三連休に入る前、Makoは朱鞠内で行われた「東アジア共同ワークショップ」に参加。日本と韓国の学生ら50人が両国の歴史認識について学ぶもので、大学で学んでいる国際関係学や韓国留学の足がかりとなる学びである。二日目の日程終了後、Makoを迎えに行きがてら、近くの温泉で露天風呂に入り、名物のお蕎麦を食べる。終了時間は1時間ほどおしていた。知り合いなどもでき、連絡先も交換したりと貴重なとりくみとなったようだ。

その日はおばあちゃんの家でインターバルをとり、連休中日に家に戻る。明日からソウルに旅立つというのに、まだスーツケースの中身は整理されていない。お母さんと一緒に持ち物を確認し、必要な書類はコンビニでコピーをとったりと余念がない。夕方、ようやくひとだんらくしたので、夕食の買い物がてらNaoの運転でスーパーへ。Makoからは「すきやきが食べたい」というリクエストだったので、食材を購入。夕食時にMakoの壮行会を行う。Naoが「明日は泣きながら電話してくるかも」と軽口をたたくが、「泣く場所あるかどうかもわからない」とMakoは真面目に答えていた。

そして三連休最終日。8時に出発するというので、朝早くから準備をして、荷物や書類の最終確認。「パスポートとビザとお金とスマホさえあればなんとかなる」と言いながらも、何度もリュックの中身を確認するMako。空港まで40分弱。昨日までは不安などに押しつぶされて食欲も元気もなかったが、ようやくそれらを振り切って覚悟を決めた顔をしていた。空港では、近所に住むNaoの友達とも偶然会う。これから大学の受験に出かけるということだった。

国際線でのチェックインは、機械にパスポートをかざすだけの簡単チェックイン。座席は前方、通路側を選択していた。荷物を預けてから、機内で食べる昼食を買いに出かける。小さな海鮮丼を買い与えたが、もしかしたら食べずに到着するのかもしれないとも思った。出発までまだ時間はあったが、「じゃあ、行ってくる」と、Makoは笑顔で保安検査場へ向かって行った。なんだかんだ言っても、やっぱり強い子なんだと思った。チケットをかざしてから、Makoは最後にふり返って大きく手を振っていた。

空港からの帰り道、「僕らが旅に出る理由」が頭の中に流れる。

♪ 遠くまで旅する人たちに あふれる幸せを祈るよ
  ぼくらの住むこの世界では 旅にでる理由があり
  誰もみな手をふっては しばし別れる

2025年2月15日土曜日

卒検

 土曜日。Naoは自動車学校の卒業試験日で、それなりに緊張して出かけて行った。結構なまとまった雪が降ったので除雪をする。昨日、Makoは自宅から駅に歩いて出かけ、途中雪がひどくてタクシーを呼んだらしい。昼前にNaoから自動車学校まで迎えに来てほしいというので、みんなで出かける。「もし、試験に落ちていたらどうやって慰めよう」とMakoが冗談で言っていたが、無事に卒業検定は合格していた。その足で、Naoのメガネを買いに出かける。


丁度昼の時間になったので、教え子が経営しているパキスタン料理店へ向かう。残念ながら本人は母国に帰っていて不在だったが、Makoはエビカレー、相方はチキンカレー、自身はマトンカレー、Naoはチキンのハンバーガーを注文。土曜日の昼時なのに、客が誰もいなくて最初は心配したが、次第に席は埋まっていた。美味しくランチを食べる。


Naoのメガネを新調する。視能訓練士の大学に通うので、安価なメガネチェーン店のメガネではなく、いつもと同様の富士メガネで買う。細縁のインテリ風メガネを買っていた。


帰り道、チョコレート店によって息抜きをし、スーパーによって夕食の材料を買う。珍しく「おでんが食べたい」とNaoが言うので、今晩のメニューはおでんとなった。スーパーから自宅まで車で40分程、厳しく促されてMakoが運転して帰る。信号もほとんどなく、路面も乾いているのでなんて言うことはないが、ガソリンスタンドで給油の方法も学ぶ。ただ、自宅のカーポートに駐車する際は、かなりの時間を有するので、まだまだ練習は必要である。

2025年2月11日火曜日

伯父さん

 建国記念の日による祝日。Naoは朝から自動車学校に出かける。もうすぐ卒業検定を受けるということで、大詰めである。Makoはバスに乗ってお友達と都心部に繰り出していった。午前中はカーポートや玄関上の雪庇を切り出して除雪を行う。お昼ごはんは自動車学校から戻ってきたNaoも一緒に、昨夜の残りのカムジャタンを食べる。


高校演劇の自主公演を観に行くというので、夕方前に都心部に出かける。実家により先日亡くなった東京に住む伯父さんの香典を届ける。父の兄である伯父さんは、東京在住ということもありそれほど会う機会も多くはなかったが、1989年、高校1年時に父と東京旅行に行った際のことは鮮明に覚えている。夏休みの8月1日、前年に開場した東京ドームで巨人VSヤクルト戦を観戦した。連続完投勝利で注目されていた斎藤雅樹投手が登板し、巨人が勝利を収めた。8月2日は、東京の伯父さんに横浜の中華街に連れて行ってもらい、老舗の中華料理店で回転する円卓で本格中華料理を食べた。その帰り、やけにきれいな花火が地上近くで見られると思って眺めていたら、それは2名の花火師が亡くなった山下公園での花火事故だった。病院事務の仕事をやっていた伯父さんは、仕事の話はもちろん、うたごえ運動のことなど、柔らかな笑顔と口調で話をしてくれたことを思い出す。


観劇後は、焼き鳥チェーン店で夕食。ここでNaoは焼き鳥タレ派だということが判明する。Makoは人生初めての献血を行った。20歳になるまで自身の血液型が不明だったMakoだが、この日O型であることが判明。家族4人、全員が違う血液型であることが分かった。

2025年2月8日土曜日

北海道飯

 昨日からMakoのお友達が関西より遊びに来ている。夕食は手巻き寿司にしようと、午前中にMakoと一緒に買い物にでかける。車で40分程、鮮魚の有名店は平日にも関わらず混雑していた。本マグロやヒラメ、サーモン、真鯛、ホタテ、ホッキ貝などを購入。また精肉もそれなりに充実しているので、ラム肉も買う。サッポロクラシックで乾杯した。


そして、土曜日。北海道旅行の目的であるスキーに行きたいということだったので、Makoと3人で出かける。Makoも高校2年生の時以来なので、3年ぶりのスキーとなる。お友達は高校の修学旅行などで2~3度滑ったことがあるぐらい。スキーセットをレンタルし、まずは最も初心者のゲレンデで足慣らし。Makoも丁寧にサポートしていた。お昼はロッジでラーメンを食べて一休み。午後からはゴンドラに乗って山頂まで行き、時間をかけて降りてくる。ゆっくり滑ると4時間はあっという間に過ぎていった。久々のスキーのMakoも、ブランクを感じさせない滑りだった。


夕食は昨日買っておいた生ラムでジンギスカン。二晩続けてザ・北海道飯である。相方が同僚と飲み会に出かけていたため、バスの最終便に合わせて高速バス停留所まで迎えに行く。Makoも一緒に付き合ってくれた。家に戻ると23時を回っていたが、京都へのフェリー旅で、真夜中に車で移動した経験からすれば、まだまだ活動時間としては序の口レベルといった感じだ。

2025年2月2日日曜日

豆まき

 金曜の夜にMakoが帰ってくるので、空港に迎えに行った。約2週間、引っ越し荷物をすべて引き払った部屋で、寝袋生活で耐え忍び、午前中に2年過ごした部屋を引き払ってきた。夕食は、空港から15分程度の回転寿司店へ。金曜の夜だが、比較的空いていた。NaoもMakoも100メートル走のように、猛ダッシュで食べ進める。Mako曰く「お腹がいっぱいになる前に、たくさん食べたい」とのことだった。


土曜日は、Naoの自動車学校がお休みだったので、みんなで買い物に出かける。大型ショッピングセンターへ行き、数店回り、Naoの服をMakoが見繕う。昼食は多数決でパスタに決まったが、混雑していたので中華店へ。Naoはいつも担々麺。Makoはトウガラシがたくさん載った激辛ラーメンを食べていた。結局、ファストファッションの店も行き、Naoの新生活用の服がそろってきた。


日曜日、昨日同様に朝食後に除雪する。暖冬で1月中は一度も除雪機を動かすことがなかったが、ここ数日はベタ雪が降り続いていた。残り物のお餅などでの昼食後、ジブリ映画の「もののけ姫」を鑑賞。昨日は「天空の城ラピュタ」を見た。Makoは愛知県のジブリパークに行きたいというが、ジブリ映画をほとんど見ていないために、その予習である。いずれも1980~90年代の作品だが、作品テーマがいずれも自然との共生。四半世紀が過ぎ、社会がさらに複雑化していることを痛感する。


夕食に太巻きをつくり、夕食後にはリビングの窓を開けて、MakoとNaoは順番に豆まきをする。とても小さな声で。